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Voice of brothers 168 神域の視座を身に修めるために (3)

(前回の続き)

★分離した認識と対立観念を手放そう

なんでそうなったかというと、まとい着た肉体波動の響きがあまりにも粗すぎたからだよ。

それで、体の外に対しては、誰も彼もが同根同源のいのちの光であることを忘れ、分離観を持ち始めて、やがて万全なコミュニケーションが出来なくなるに至り、ついには対立観念を持ち始めたんだ。

心の内に対しても、生命根源のエネルギーに対する感謝の念を持たなくなってきたことで、意識が全体を離れた個別(分離)想念になってしまって、自由自在な物質波動と精神波動の活用による現象世界の創造ができなくなってしまったわけ。

今の話でわかったと思うけど、現状の不完全かつ不調和な世界を造り出してしまった根本原因というのは、さっき話した「分離した認識」であり「対立観念」だということだよ。

それらの想念習慣が、肉体と幽体に付随した記憶にこびり付いていることによって、分離した認識や対立観念が抜き差しならなくなり、宇宙を創造した言の活用による現実創生さえも困難になってしまったのだよ。

ここまでの話を聞いて思い当たった人もいるね。

そうだよ。

意識進化の道程というのは、大元の根源意識に還元してゆくプロセスだということだよ。

「前人未踏の○○」とか、「そうなって初めて○○になる」とかの表現をすることがあるけれど、意識進化した先にある大元の意識というのは、人間なら元々太初はじめから誰でも標準装備で備わっているものなんだ。

それが肉体に張り付いた想念だけを自分だと思い込んでしまったことが、この世の不調和のそもそもの始まりだったんだよ。

そこまでのことがわかれば、もう話は早いよ。

ホントの自分に戻ろうとするだけだからね。

旅支度を整えて、過去にため込んできた想念(荷物)を全部捨て去って、本当の自分へ帰る旅路に出ればいいんだからね。

その行き先というのは、行ったこともない何処か遠くというようなものじゃあなくって、心の奥にある壁の向こう、いのちの光の世界だから、そこへ足を踏み入れさえすれば、懐かしさが心にこみ上げてきて、来たことないはずなのに道がわかるというように、自然と正しい道を歩むことが出来る道程になるんだよ。

そうなって初めて、神域の視座が表面意識に現れ始めてくるんだ。(次回に続く)