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Voice of brothers 48 犯罪行為を地上から無くしてゆくために(前編)

★殺傷沙汰は心が闇に同化した場合に行動に移されている

きみの意識のスクリーンをとおして観る地球上のニュースのなかには、心がやみ(闇)に冒されてるがゆえに、いのちの輝きがまったくあらわれていないケースでの行動が、各種の事件として伝えられているね。

例えば、自分の思いどおりにならないからってただそれだけで他人を抹殺したいとか、興味本位で人を殺したいだなんて考えが脳裏をよぎるということは、それだけでもう大した心の重病患者なんだよ。

ましてその想いが口をついて出ちゃうような場合には、命が肉体から枯死こしする寸前の末期症状だともいえる。

さらにはそれを実行に移しちゃって、実際に他人を殺めてしまった場合には、その後の人生のすべてを、いのち枯れたまま生き長らえることになってしまう。

生涯を贖罪に費やして生きるような、どれだけマイナス分を減らせるかに、すべての時間をとられてしまうからね。

それは、返しても返しても返しきれないくらいの、多額の命の借金を背負って生きることなんだよ。

生命法則上の観点から観れば、いのちの種が地中に埋もれたままで、陽の光を浴びる機会を奪われ、いのちを生かせない時間が生きてる間中つづくことでもあるね。

そう仕向けたのはほかでもない、犯罪者その人当人なんだけどね。

そのような殺傷沙汰というのは、いのちの光を忘れた心が闇に完全に同化してしまった場合に行動に移されているんだね。

★現状の精神レベルでは死刑制度はあったほうがよい

ほんとうは、速やかに死刑にでもしてもらえれば、あの世でその分早くいのちの洗濯をし直しできるけれど、現在は地球のみにしか通用しない“良識”に照らした人道的観点から、生きて償わせる、更生させるという扱われ方が肯定されているから、死刑囚が死刑にならず刑務所で長く足止めを食らっていて、殺人を犯した当人の罪が速やかに晴らされないでいることが多いね。

それで今の「死刑は残酷だ」という風潮がこのまま進んで、世界各国が死刑執行を停止した状態で進んでゆけば、やがて刑務所は増設されまくることになって、そのうちに小善なる地球人類たちは、因人を養うために働くようなことになるだろう。

そうなったら、また違う問題が生じてくるんだけど、それは今日の話の趣旨から外れるからまたいつかの機会にね。

現段階の世界でひとつだけハッキリと言えることは、人類の意識が現状の精神レベルにあるかぎりにおいては、死刑制度はあったほうが魂の救済につながるということだよ。

だけどどういう選択をするのか、それを決めるのはきみたちの意識が決めることだから、ぼくたちの口からは強制するようなことは何ひとつとして言えない。(次回に続く)

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