Voice of brothers 47 永遠の生命の流れに乗ろう(5)

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(前回の続き)

★地球を宇宙の沈没船にしないために

さっきの話にもあったように、地球を沈みかけの船にしないためには、入り込んで船内に溜まった海水(ホントは生命の本質を忘れた人類の汚水想念なんだけど)を、みんなで協力して船外に排出すればいいわけでしょ。

また、沈もうとする原因が積み荷想念の積載荷重オーバーなら、不要な積み荷を船外に捨てればいいわけでしょ。

その排出したり、捨てたりする場所は、船外に広がる“いのちの大海原(無限に広がるいのちの光のなか)”だよ。

そこは物質界の海のように、排出物が海底に沈殿して海を汚したり、捨てた船内の汚水(人間の想念)によって海水が汚れるようなこともない、無限の浄化装置のようなところなんだ。

それを諦めずにつづけてゆけば、地球人類を載せた宇宙船地球号は必ずや態勢を整え直して、未来への航海をつづけてゆくことができるんだよ。

★地球界開発のためのトンネル工事作業員として

それで前にも話したかも知れないけど、こういう言い方もできるね。

地球が今日の状況にあるのは、地球界開発のために地底にトンネルを掘って、一時はみずからもトンネル工事作業員になって、泥にまみれて光のトンネルを掘っている状況なんだって……。

そうやって地球にも光のトンネルが掘りあがれば、誰もが自分たちのいのちが永遠の生命で、星々の開拓をしながら宇宙を旅している冒険者だったって思い出すことができるようになるんだよ。

その旅路は深遠で、一言でこういうものだって表現ができないくらいに、とっても深くて広い広い、どこまでも広ーいものなんだよ。

★永遠の花を地球界に咲かせるために

そうだね、またこういう言い方もできるよね。

地球に住むきみたちは、永久に枯れることのない永遠の花を地球に根付かせ、咲かせるために、日夜研究をしている“いのちの科学者”だってね。

その永遠の花とは、きみたち自身の神性だよ。

神性が発揮されなければ、咲いた花はすぐに命枯れて、生命の本質の力をそこに発揮することができないでしょ。

地上で心身に神性を発揮することができれば、誰でも枯れることのない永遠の花を、みずからの存在として咲かすことができるんだよ。

その永遠の花とは、永遠の生命そのものの現象化した現れのことだよ。

★いのちの大河とそのひとしずく

永遠の生命ってのは、『尽きることなく流れつづけるいのちの大河』のことなんだ。

また人類というのは、その大河の水のひとしずくひとしずくにも例えられるね。

水は雨となって天から地に降って、河川に集まり流れを形成して大海原へ集まってゆくでしょ。

大海原の水はその一部が蒸発して天に還って、また天から雨水として地上に降りてくる。

だから永遠の生命は、水のような存在だともいえるよね。

きみたちが意識進化を志向して、自我を滅却して真我に還元するとき、心は濁りや不純物のない、純粋な水として、永遠の生命の流れのなかで循環するようになるんだよ。

ホントは、初めからそうなんだけど、地球でちょっと寄り道をして、どぶ川の水になってしまってだと思い込んで、水中に沈殿しかけてしまってただけなんだけどね。

★人はみな永遠の生命の流れのなかで生きている

それに、進化した未来を拒んで未開の星へ転生する選択をする人たちだって、永い目で見れば、永遠の生命の流れのなかで生きているから何の心配もいらない。

一人一人の人間には必ず守護神がいて、命を差配しつつ見守っているからね。

そういう真実を思い出したなら、今日からのきみはもうすでに、みずからの存在に永遠の生命性を顕現して、いのち輝かに生きている“いのちの大河のひとしずく”なんだよ。

ただそこに、表面意識の認識が追いついていないだけでね。

そのように、人のいのちが永遠の生命だってことを思い出したきみのなすべきことは、すべての懸念も疑念もかなぐり捨てて、ただただ地球界に“永遠のいのち”を輝かせて生きることだけだよ。

永遠のいのちを思い出しさえすれば、一切の不安恐怖がなくなって、どんなことが眼前の世界に起っても、明るい心で日々を諦めずに過ごすことができるんだよ。

そのようにして、永遠の生命の流れに乗りさえすれば、未来は無限なる進化あるのみなんだ。

そうやって生きたきみたちが通った後の道を、今は真理に目耳を背ける人たちも、やがて通る日が来るのだからね。(終わり)