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Voice of brothers 119 本当の自由について(後編)

(前回の続き)

★自分に原因があるとわかる実例

それで、このことをよりハッキリと実感を伴って認識してもらえる具体例はないかなって、地上を見回してみたらね、あったよ。

それは、人がある仕事から別な仕事へ転職するときの理由だよ。

転職したい、転職しようって思って、行動を起こす際のきっかけになる転職理由、それが真理にかなった理由ならその転職は成功するし、そうじゃない場合には、ことごとく失敗しているということだね。

どういうことかというと、転職理由が後ろ向きな理由の場合には、同じ原因の似通った嫌な状況や、逃げ出したくなる想いが表れてくるし、前向きな理由の場合には、どうしたいこうしたいって想いが具体的であればあるほどそれを成就させて、さらに高い目標が出来て、それをまたクリアしてゆくというような、生きた証を確かに残せる充実した時間を過ごせるということなんだ。

後ろ向きな理由っていうのは、あの上司が嫌だからとか、同僚と馬が合わなくて職場が楽しくないからとか、同期が先に出世して肩身が狭くなったからとか、この仕事よりあの仕事のほうがお給料が高いからとか、この仕事は自分にはそもそも向いてないからとか、今の職場は通勤時間が長すぎるから職住接近の仕事がいいとか、なにかとネガティブな側面にスポットを当てた理由だね。

転職する人の多くの転職理由が、このカテゴリーにおさまってるんだよ。

その場合には、自分の想いの用い方に原因があったんだって気がつくまでは、何度でも転職を繰り返すようなことになって、安定した幸せを味わうことがない。

それで逆パターンの前向きな理由がどういうものかというと、〇〇を成し遂げてみたいとか、□□を実現させたいとかいうようなシッカリとした目標や目的がある場合をいうんだ。

その場合に、目標や目的が具体的であればあるほどいい、ってのは言うまでもないね。

地球の人たちの多くが、夢や希望がありながらそれを具体化出来なかったり、夢も希望も持てずに漫然といのちの力を持て余してくすぶっていたのは、何かが嫌だから別の何かを追い求めるという、思考(発想)パターンの落とし穴に気づかずに陥って、その穴のなかで右往左往したり、よじ登ろうとしては滑り落ちるようなことを繰り返していた、ということだよ。

それか、「嫌だけれど△△のためだからしょうがない」みたいに、自分の心を誤魔化し偽って、だましだまし日々をやり過ごしているかだね。

どうすればどうなるみたいな、それらの理がハッキリとわかれば、誰もが生き方を誤ることなく、いのちの源から湧きあがってくる創造性を発揮して、より充実した日々を送れるようになるものなんだよ。

★自由はきみの内(なか)にある ~ きみの自由はきみ次第

本当の自由ってのも、それと同じ理なんだ。

何かから自由になりたいと思うような意識レベルの段階は、さっきも言った思考(発想)パターンの落とし穴にはまった状態であったり、二元対立の洞窟のなかで出口もわからずにさまよっているような境涯なのね。

この事実を「ああ、そうだったのか~」って得心出来た人だけが、真の自由を手に入れて、自分の人生を何ものにも左右上下されずに、輝かしつづけられる境涯に入ってゆけるんだ。

いいかい?

今がどんな境涯にあるとしても、けっして現在のあり方を否定してはいけないよ。

そして、自分と他人を引き比べて、一喜一憂するのもナンセンスだ。

きみの命は、宇宙に唯一人の存在であって、何ものとも比べられるようなもんじゃないんだよ。

きみの今の人格・立場・環境は、きみの前世を含む過去の想念言動行為がつくってきた。

それが事実であるのと同様に、いまのきみの想念言動行為こそが、今この瞬間以降の未来の運命を創り出していることもまた、紛れもない事実なのだから、常に未来を輝かしつづけられるような意識の用い方を継続してゆけば、人生に不自由を造り出して、みずからプロデュースした面白くない人生に甘んじることなく、与えられたいのちの力を活かし、どんどん自己実現してゆくことができる、ということになるんだよ。

ぼくたちの話は、抽象的に聞こえるかも知れないけれど、物事の根本の道理をとらえて、本質的な部分から意識の立ち位置を変えてしまうような話だから、きみの人生にそれを応用する際には、そのつもりで、根本的に自分を変えるつもりで生きてみてね。

そうしさえすれば、必ず人生の景色やステージが、過去とはまるで異なった、まぶしいものに変わってゆくのだからね。(終わり)