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Voice of brothers 296 アセンションを体感するために(前編)

★外的要因の変化に伴う自己の変化は幻覚であることの真実

「アセンションしたら、どんな症状が出るんだろう?」って疑問を持つ人がいるみたいだから、今日はそれに関連した話をしよう。

でもその前に一つだけ、話に入る前に知ってほしいことは、アセンションするってのは、そもそも病気にかかることじゃないから、症状じゃなくて変化……、それも意識が深まった結果としての変化が生じるってことだけはシッカリと押さえておいてね。

それと、ここから以降の話は、それがたとえ自分に当てはまることでも、まるで他人事のように全体を客観視する視点から読んでもらうとわかりやすくなるから、そのつもりでね。

いいかな?

それじゃあ本題に入るけど、症状、変化、どちらの言葉を使うにしても、その問いを発する想いの裏には、”自動的に自分の何かが変わることを期待する想い”が横たわってるが観て取れるでしょ

そのような想いにサヨナラ出来ないでいるうちは、どんなにアセンションを待ち望んで志向したとしても、実際問題としては、いつまで経ってもアセンションなんか出来ないんだよ。

アセンションっていうのは、『意識が生命本来の神聖に還元すること』をいうのだからね。

それは、ぼくたちが終始一貫して、”意識進化を志向した生き方”を推奨している理由でもあるんだよ。

こういう類の問いを発する心を観ると、総じて意識が依存体質の想念習慣にへばり付いて同化してしまってるのがわかるでしょ。

真実を言えば、心身の外側の何かが変わったから自分も変化できるというものじゃあなくって、意識の深化がまず先にあって、体感できる変化は後から付いてくる(内から溢れ出てくる)ものなんだよ。

たとえ外的要因が変化したとしても、その人自身が自発的に変わることがなければ、本質的変化がその人にもたらされることはないんだ。

そういう意味では、アセンションというのは、意識の立ち位置を神域に昇華することだともいえる。

それで、「神域ってなんだ?」って思う人の疑問に答えると、そこは命が元々在る場所で、無限なる真善美の世界だから、一切の邪気(生命の本質を離れた想い)が一瞬も存続できない波動空間のことだよ。

だけどその波動空間は、外的要因によってもたらされるものではない。

それは、飽くことなく意識進化を志向して想念言行した結果の内的要因なんだ。

すなわち、『何ごと何ものにもとらわれなくなった心境が創り出した世界』だといえるんだよ。(次回に続く)