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Voice of brothers 297 アセンションを体感するために(後編)

 前の同名記事

 

(前回の続き)

★無邪気さと理性的資質の調和した人になろう

本当に意識進化すると認識が一変するんだよ。

簡単にいえば、表面的に見たら不幸に見えてたことが不幸だとは思えなくなるんだな。

それは例えば、今まで嫌いだった人の神性が観えるから嫌いじゃなくなったり、不調和を調和に変換させる術が手に取るようにわかるから、苦悩の底に沈み込むことがなくなったりすることで、”思い通りにならないことがない”という言い方もできるね。

それでその”思い通り”というのが、今までみたいに自己都合がぶつかり合った末の勝者としてのそれじゃなく、神域にある”思い通り”だから、誰かの”思い通り”が他の人の”思い通り”とこすれ合ったりぶつかり合ったりすることがない。

意識が神域に入ると、すべてが大調和のうちに運ばれるようになるんだよ。

そうあるための究極的な生き方としては、できるなら単純に無邪気に生きるのが一番いいね。

難しい理屈がわからなくったって、ただ「生きてることが楽しい」って素直に思える人は神域に住むことが出来るんだし、自然にアセンションした心境にあるともいえるんだからね。

それで、この無邪気という性質から神域に入る人たちの場合もやっぱり、いつかはどこかで、その無邪気な性質を次元上昇させる必要があるんだよ。

例えば、子どもが無邪気に蝶の羽をもいだり、アリを踏みつぶしてたり、誰かを無邪気に仲間外れにしてる姿なんかを見て、「あれこそが神域の無邪気さだ」と思う人はいないでしょ。

アセンションってのは、人間が在るべき神性の姿で生きてることを指した言葉なんだよ。

だから、自分も含めて誰かが無邪気さを履き違えてるのをもし見たなら、その人の無邪気さが理性に根ざした無邪気さに昇華するように、その心を導くといい、祈り心でもってね。

それで、「いきなり無邪気になんかなれるわけないっしょやぁ」って思うような人がもしもいたなら、その人は理性を特に重点的に磨き出せば、やがては無邪気な心になってくものなんだよ。

ここまで話したなら、もうわかったでしょ。

そうだね。

なぜなら、理性と無邪気さは同根同源の在り方で、それらが相和して表裏一体になった意識が、アセンションした心境だからだよ。

無邪気さを極めれば神性に至るし、理性をピカピカに磨き出せば、こちらもまた神性に至る。

だから人は、無邪気さと理性的な資質を調和させることができれば、すべてを活かす神性を顕現して生きられるようになるんだよ。

誰でもね。

しかも必ずだ。

そのためのコツは、いつもの呼吸をユックリとさせて、宇宙に遍満する生命波動に同調することだよ。

なんてことのないように思われてる”普段の呼吸”を工夫するだけで、みんながアセンションを体感できる時代が来たんだよ。

だから遠慮なんかしないで、深い呼吸をとおしたアセンションによる変化を実感してごらん。

そのとき(深い呼吸の最中)には、出来ればポジティブな響きの言葉を、できるだけリズミカルに思い浮かべて、そのリズムに乗せて呼吸をするといいね。

その具体例については、また今度、縁と時と場が一致した機会があったら話そう。

ということで、今日の話はこれでおわり。(終わり)