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Voice of brothers 331 神域の心を磨き出そう(前編)

★神性意識と肉体意識を一致させるために

本当の自分神性意識から離れているとき、人は普段の呼吸が無意識に浅くなってしまってるんだ。

それはもうホントに見事なくらい、一人の例外もなくそうなってるんだよ。

だけど、激しい運動をした後などに一時的に呼吸が浅くなることなどはその範疇ではないから混同しないでね。

神性意識だなんて大上段に言うと、「自分には関係ない」って思う人がいるかも知れないけど、ずっとじゃないにしても、一日のなかで時々くらいは、ほとんどの人が表面意識に神域の想念言行を表しているんだよ。

神性という言葉に敷居の高さを感じているとき、人は生命の故郷にある本心本体を忘れ果ててしまってるから、”自分とはかけ離れた高尚な何か”のように感じてるんだけど、それでさえも常日頃の何気ない瞬間には、神性の煌めきが人類個々人からにじみ出ていて、地球界の品格を形成しているんだよ。

その品格の究極というか至高のあり方を神格というんだよ。

知性だとか、理性だとか、親切心だとか、大切なものを守りたいと思う心だとか、自他にやさしい気持ちだとか、周囲と協調して全体のために役立ちたいと思う心だとかのような心は、みんな神域の心、神格に基づいた想いで、その想いを基にした言動行為を無意識のうちにしてる人は多いんだよ。

神性というのは人間の本来性にして必要欠くべからざる核心的要素なんだ。

神性が無くて生きてる人なんか誰ひとりとしていないんだからね。

この世からもしも、すべての神性波動が引っ込んで消えてしまったら、世界はさながら地獄界のごとき様相を呈することになるのだけれど、幸いにしてそのような現れは限定的で、世界の各所でポツンポツンと起こっているに過ぎない。

それで、もしもきみのそばでそういう地獄界のあり方を表現する人がいたり、阿鼻叫喚の現実が展開したりしたら、きみはそれらの人や状況に対してどういう反応を起こすだろうか?

人々の姿の奥に神性を観ることが出来るかな?

悲劇的な展開の先に輝かしい未来を見通せるかな?

どんな人にも神性は内在していて、神性ならざるものはないっていつも言うでしょ。

表面だけ見れば心が暗くなるような他人の言動も悲劇的な運命も、それらはあくまでも表面上の一部分で、一過性の出来事でしかないんだよ。

意識を神域において想念言行している人には、人なら調和した本質が、運命ならよくなるしかない未来が開けて観えていて、すべての奥に神性の煌めきを見つけることができるんだよ。

それで、絶望的な現象の先にある希望に満ちた日々が、単なる願望ではなく、必ずそうなるべき未来として、重ね合わさるように同時に観えるものなんだ。

ここで一つ、一般的な人類の視点に欠けている観点について話しておくと、周囲の人を困らせるようなことばかりしてる人や、社会に対して悪鬼の如き牙をむく人だって、誰に対してもそんな言動を表してるわけではないということだよ。

外で非人道的な想念言行をしてる人が一歩自宅に入ったら、いいお父さんだったりお母さんだったり、特定の人に対してだけは神性の想念行為を現しているなんてことはざらにあるんだよ。

人はついつい、表面上のセンセーショナルなことばかりに目耳を奪われてしまって、人目につかない部分のあり方を捉えられないでいるけれど、人を評価する際の「あの人はよい人、悪い人」という評価ほど、あてにならないものはない。

ごく薄っぺらな表面上の一部分、それも自分の意識レベルに感応する一面しか認識できないでいるんだからね。(次回に続く)