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voice-of-brothers-303 意識を自由自在に活用出来るようになるために

★ サッカーワールドカップの男子日本代表チームの成長に観る意識の在るべき用い方

昨日の試合には負けてしまったけれど、サッカーワールドカップの男子日本代表チームが、”自分たちのサッカー”をしなければという呪縛というか、とらわれから解き放たれて、相手に応じて自在に戦術を駆使できるようになりつつあるとか、すでにそうなったというような話が各所でされていたね。

それは、あにサッカーのみならず、人生全般における人格の形成や意識進化の道にも応用して、役立たせることのできる話なんだよ。

例えば、本田選手の話なんか、とても示唆に富んでいて興味深かったね。

「2014年と比較して明らかに違うのは、“自分たちありき”から“相手ありき”(に変わった)というか、サッカーの本質に対する考え方、価値観が変わったところはあるかもしれない」

「ジャンケンみたいなもので、(相手に)チョキを出されると分かっていて、なんでパーにこだわる必要があるのかというだけの話」

彼のこれらの言葉を人生に応用すれば、『自分の固定した型・想いの癖から自分自身を解放し、自由になれば、時と場と人に応じた適切な想念言動や振る舞いを自在に駆使して、その時々に大調和を導き出すことが可能になる』ということで、善念へのこだわりからさえも自分自身を解放して、より大いなる働きに従事できる心境にステップアップすることが出来るんだよ。

具体的には、「こうしなければいけない」とか、「こうあらねばならない」とか、「こうすべきだ」といった信念とも見まごう執着に対しての認識を深化させることだね。

そういう類の想いというのは、人との関わりのなかで観れば、自分の意識を100歩も1000歩も引いて観れば、自身に対して「別にそんなとこで我を張らなくてもいいじゃないの」って、ゆとりを持った心で眺められるでしょ。

★自分の型やこだわりを人生のなかでどれだけ柔軟に運用しているかを自身に問おう

それで実際にそういう場面になったときに、我を張らないことを実践してみてごらん。

案外、スムーズに事が運んだりするから……。

生き方や言動行為なんてのも、自分のパターンや型に他人をもはめようとして、「こうあらねばならない」なんて自己主張してやってたら、相手も「なんて癖の強い人だろう」って辟易してしまって、せっかく時と場と人の縁がそろって物事が前へ進む絶好のチャンスを不意にして、みすみす逃してしまってるようなこともあるんだよ。

このことは、前にも話した「型より入りて型より出づる」の”型から出た状態”なんだ。

人は誰でも若い頃に、人生の基本(真理)を一通りしっかりと身に修めれば、いざ実社会という実践の場に出たときに、どんな他人の言動行為や出来事全般にも対応できるようなオリジナルな生き方が出来るようになる。

実際問題としてみれば、若い頃に一通りの人生の基本を身に修めてない大人がほとんどだから、たとえ年配の人でも、いざ不測の事態に際したときにどうしていいかわからないで右往左往してるなんてのは、世間のあちこちで見受けられることなんだけどね。

けれども人生に遅すぎるということはない。

それだけは声を大にして言うよ。

何事においても”やる気”のある人には、時は必ず待っててくれるもんなんだよ。

「こういう自分に成りたい、成ってみせる」って、一心決定いっしんけつじょうして、勇気を持って前へ進んでけば、五年とか十年とか、それ以上といった長いスパンで見れば、必ずそのような自分に成っているものなんだよ。

今どきはゲームに慣れ親しんだ人が多いから、事が即思い通りにならないと、すぐに逆ギレしたり、興味を失ったりする傾向があるけれど、人生はゲームみたいにリセットなんか出来ないんだし、時間をかけてジックリと気長に取り組みさえすれば、必ず成りたい自分に成れるんだよ。

嘘だと思ったらやってごらん。

ただし気長にね。

それで十年後の自分を観てみればいい。

必ずそう成っているから。

きみがそのことに本気で取り組みつづけさえすればね。