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Voice of brothers 366 心の自傷癖を卒業するために(後編)

 前の同名記事

Voice of brothers 365 心の自傷癖を卒業するために(前編)
★運命を創造する心の力の誤用 人類一人一人の心の状態を定点観測をするときに(個々人の心の子細をクローズアップしてつぶさに調査する定期的な定点観測時に)、いつも思うことがあるんだ。 「相手が悪気なく発した一言一句に反応した"自身の想い...

 

(前回の続き)

★自分を左右するのは自身の意識だけ

だいたいの場合において、自分が気にしてる相手ってのは、何かをされたと思って気に病んでる当人ほど、その人のことを気にもしてないし、深く思ってもいやしないんだよ。

だから相手がきみの嫌だと思うことをしてても言ってても、そこにはなんの害意も悪意もないというのが、実際のとこなんだ。

「イヤなことされてる」って思っている側は、その際中もその場面を離れた後も、ボクシングのリングのうえで相手と取っ組み合って、長時間ファイティングをしてるつもりでいるんだけど、それを端から見たら、その人はひとりぼっちで鏡に向かって、ひたすら孤独なシャドーボクシングをしているようにしか見えないんだよ。

また、自分が何かをされたと被害妄想をいだくその相手が、実際に悪意を持っているかいないかも、本当はどうでもいいことなんだ。

一番大事なことは”自分が何を思うか”。

「自分の人生は他人によって左右されているのではなく、自分の意識こそが左右していたのだ。これからもそれは同じだ」って真理の言葉を、腹の底から腑に落ちた状態で認識することが大切だよ。

この理がわかれば、「自分の心を暗くジメジメとした境涯に閉じ込めてたのは、ほかでもない自分自身だったんだ」って気付きが、初めて創造性のある認識となって、その人を苦悩の境涯から引き上げることになるんだよ。

「誰かにヒーリングしてもらえば良くなる」とか、「相手に謝ってもらったら自分は立ち直れる」とか思うのは幻想だよ。

誰かにヒーリングしてもらったって、心の曇りがプラシーボ効果で一時的には晴れたとしても根本的に心の雲が消えて晴れることはないし、相手に謝ってもらったところで、それでネガティブな習慣性の想念癖が完全に直ることもない。

結局は自分の問題なのだからね。

そういう人は、他人に何かを求めてそれをしてもらったことで、心が晴れた、よくなったと思ってもその場限りで、そういう意識境界にある人は責任転嫁する想いの癖があるかぎりは、いつかまたおんなじ繰り返しをいろんな場面で経験することになるんだよ。

根本原因が解決していないからね。

というのは、他人(ひと)に依存したり、責任転嫁してるうちは、根本的なとこがなんにも変わってないから、同じような運命を自分がまたつくり出してしまうんだ。

自分を本当に癒し、立ち直らせるのは、自分自身の真理に根ざした正しい想念言動行為しかないんだよ。

自分をそのように導く一番簡単な方法が、光明の言霊を乗せた深い呼吸を繰り返すことで、始めはそのポジティブな言葉が自分の現実と一致しなくて嘘くさく感じたとしても、そんな想いを相手にしないで、その行為をひたすら黙々と繰り返してゆけば、想念習慣の上書き保存が心の中だけでやってたのが現実の世界を変えるまでになるんだよ。

それは、表面意識の習慣的反応が変わって無くなったから、いつの間にかネガティブなことを思おうとしても思えない自分になったということでもあるんだよ。

嘘だと思ってもいいからやってごらん。

きみの認識はすべての人に神性を認めたものになる。

きみ自身の尊い努力の成果としてね。(終わり)