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Voice of brothers 151 自己の持つ権能を正しく行使して生きるために(前編)

★自己の権能とは

自己の権能を他に明け渡さないで生きることがいいんだよって、折にふれて話してきてるでしょ。

これは今まであまり詳しく説明してこなかったけど、裏を返せば、みずからの責任をまっとうして生きる(自己責任の原則に則って生きる)ってことなんだ。

こういう話には興味が湧かないし、おもしろくもなんともないって思う人が多いかも知れないけど、これはとても重要な真理で、本当は親が子ども等に、学校が生徒たちに教えなければならない生命教育の基本なんだよ。

それで今日は、人間ひとりひとりの持つ権能とはなんなのかや、やってよいこととよくないことの境目などについて、ザッとおさらいしていこう。

まずは、人間ひとりひとりに与えられた権能とはなんなのかってことだけど、人類共通の権能に関していえば、『それぞれの置かれた天地・立場環境で、あらゆる生命体と大自然と人類が混然一体になった調和世界を創ること』に関連した働きのことだよ。

それで個々人としては、『みずからに内在する神性をかぎりなく表して生きること』で、それら(全体と個人の権能)にもとる想念行為をする権限は持っていないし、みずからのやるべきことを他に明け渡しといて責任転嫁するのも本末転倒なことだし、みずからの意識を何者かになすがままに操られてしまうのも権能を他に明け渡すことになるからNG事項だといえる。

★権能外の想念行為をする行使権限を持っていないということについて

人間というのは、本来性の権能から外れた想念行為をする行使権限(それを行う資格がないこと)を持っていないんだよ。

どう生きるか、何を選択し実行するかの自由はもちろんあるんだけど、それはみずからの持つ権能の範囲内でのことで、その行使権限から外れた想念言行をすることは、宇宙法則から外れることになるから、外れて生きた分だけの後始末(波動調整)は、きっちり責任を持ってやらなければならないということなんだ。

というのはどういうことかというと、破壊とか混乱を引き起こすような不調和な想念行為をした結果の尻拭いをすることだね。

そういう行為をすることは、さっきも言ったけど道に外れたこと、人間本来の働きからはみ出た所業、人類が人類である所以ゆえんからはみ出した生き方なのだから、みずからが歩んできた道の間違っていたことを悟って、正しい道を見つけ直し、方向修正するまでには、それ相応の苦難が伴うということなんだ。

それは、外れた骨を元に戻すときの痛みのようなものだよ。

現在も地上で多くの人が苦悩にあえぎ、打ちひしがれているのには、そういう側面もあるのだよ。(次回に続く)