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Voice of brothers 320 責任転嫁を卒業した意識を生きるために(中編)

 前の同名記事

 

(前回の続き)

★祈りは人を善導する力強いエネルギー

だけど多くの生活者は自分のことで精一杯で、周囲を思いやるだけの心のゆとりを持てないことが多いね。

最終的には誰が何をしようと、その言動行為の責任は本人にあるのだし、周囲が他人の運命を根底から変えることなんて出来ないけれど、ハタがそれとなく道を指し示して自分の意志で言動行為を変えるように導くことは出来るでしょ。

またその導きというのは、相手に直接伝える言葉や行動ばかりじゃないんだよ。

ただ黙って祈ってあげることも、その相手が心を入れ替えやすい気運をつくることになって、相手を陰ながら助ける力ある行為なんだよ。

祈りというのは人を善導する力強いエネルギーで、それに関しては、愛の深いきみたちのホームフィールドで、かつ独擅場どくせんじょうともいえる分野だね。

時折、祈りの重要性に気付いてないがゆえに、「祈ってなんになる?何を寝ぼけたこと言ってんだ」なんて食って掛かってきたり、突っかかって来ないまでもノーサンキューな態度を示す人がいるけれど、それはまだ地球上では、祈りが非科学的な範疇のものと捉えられているからで、宇宙の星々で使われてる神霊科学が地球上にも導入されれば、やがてはそういう懐疑的な見方が解消される日が来るんだよ。

だからきみたちは、そんな人の言うことに気をもむ必要はないし、かと言って逆に、声高に自分の信じるやり方を人に押しつける必要もない。

祈りが本来、神性を伝播して共有し合う極めて科学的な力だという事実を、やがてみんなが知るときが来る。

真の祈りの波動のなかでは、実際そこにいのちの光が交流交差して、祈る人を中心に調和した運命環境が展開されているのだからね。

ここで一つだけ言っとくけど、真の祈りというのは、私心の一切入り込む余地がない無私の祈りのことだから、そこのところだけは間違わないでね。

★心が不健康になる原因

また、さっきの虐待の話とは違うケースで、虐待しているわけではないけれど、「子どもが言うことをきかなくて困ってる」という親は多いね。

そこでも、親の行動は大別して二つに分けて見ることができる。

子どもの言動にうんざりしてしまったり、悲しみや怒りに張り付いてしまって、その子の本当に望んでることを汲み取ってあげられず、おざなりにわが子と接する親と、彼らの不満や言い分を話しやすい雰囲気をつくってあげて、本音を上手に引き出してうまく対処するよう導く親とにだよ。

例えば、何十軒に一軒くらいの割合で家庭内暴力が起こってるでしょ。

そのような形でしか、鬱積した気持ちを発散できない子がいるからなんだけど、自分の子がそういう態度を示したとき、親としては、厳しく接するか、やさしく臨むか、尻込みして無力感に打ちひしがれるかしているね。

そういうケースでは、早めによくよく言い分を聞いてあげることができさえすれば、発端となった原因が「そんなこと?」って思うくらいに、ささいで取るに足らないことな場合が多いんだよ。

そうやって吐き出させてあげさえすれば、「兄貴の〇〇なところがもう我慢ならないんだ」とか、「お母さんがいっつも〇〇って言うのにうんざりしてるの」とか、子どもはなにがしかの理由を語るだろう。

彼らに共通していることは、そう思った相手に自分の気持ちを伝えて、意思疎通をはかるプロセスを飛ばしてしまってることだよ。

「話したってどうせ受け入れてもらえるわけがない」って類の、自分自身の勝手な思い込みによってね。

そういうケースは、親が子どもの本音を引き出すプロセスを飛ばしときながら困っているように、子どもは子どもで、意思疎通をはかるプロセスを飛ばして、困らせたり暴れたりしてただけだったんだよ。(次回に続く)