Voice of brothers 75 生命の本質に還元してゆくプロセスで

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いのちの光に還元する道のり

人生を一言で表現すれば、生命の本質神性意識に還元してゆくプロセスだといえるね。

それは、過去世から今この瞬間までに発した酸化想念(生命の本質を逸脱した想い)を、いのちの光そのものの意識に返還してゆく道のりでもある。

人が生きてくなかで、この意識還元の好機チャンスというのは、みんなが何気なく発してる瞬間瞬間の想いの現れとして、誰にでも平等に訪れてるんだけど、きみたちの側(表面意識)からしてみたら平等に見えてないのはどうしたことだろうね……。

人によって、いろんな見方があるとは思うけど、ぼくたちから観て言えるのは、意識還元速度に個人差のある理由は、瞬々刻々の選択肢を前にしたときに、個人個人がみずからの本質に近づき一体化してゆく正しい想いの発し方を、どれだけ地道に繰り返して来たか否かの違いということだよ。

生命の本道に抜け道無し

それで、人生における瞬間瞬間の正しい想いの選択肢ってのは、必ずしも自分に都合のいい安楽な道のりとはかぎらないってことはわかるかな?

また意識進化の道には、楽して要領よく出し抜けられる抜け道なんてのはどこにも無いんだって、一心決定けつじょうした意識でもって想い観ているかな?

ここでハッキリと言えることは、日々瞬々の出来事を前にして、自己本位な想念ばかり発する意識で生きてるかぎりは、どんなに要領よく立ち回ったところで、真摯に生命本源の意識を現し生きる人々よりも立派な意識境涯に入ることは無いということだよ。

これは大切なところなんだけど、“いのちの光を磨き出すために必要な体験(避けては通れない道)”すらも苦と捉え、忌み嫌って逃れようとすることは、次元上昇のチャンス意識還元の好機をみずからみすみす放棄して、想念習慣の繭に安住する選択をしてしまってることなんだ。

ここのところで、多くの人が習慣性想念に流されてしまって、意識還元を先延ばしにして酸化想念にからめ取られている、言い換えれば、自己中心的な見方・考え方、楽な方、苦労の少ない方を、安易に選択しているということなんだね。

意識進化を志向して生きるなら

本当に意識進化を志向して生きている人は、想いが酸化した人たちが苦と感じ、忌み嫌うような事々にさえも、ささやかな喜びを見いだして、受容したり立ち向かってゆけるものなんだよ。

例えば、ドロドロのぬかるみ道を通らなければ先にある平易な道へ進めないって場面で、渡し板や長靴なんかの道具も何も無い場合には、腹を決めて着の身着のままででもそこを通らなきゃでしょ。

通りきってしまえば普通の道がその先には待ってるんだし、どろんこで足下が汚れたなら、渡りきった後で洗えばいいだけの話だものね。

そのように、現在の世界情勢というのは、きれいごとばかり所望して、楽に平和になる夢ばかり見たところで、実際には、自分を含む人類の汚い現れをこれでもかって程に直視して、自分事として昇華消化しなければならないんだよ。

人類想念の酸化ってのは、一人一人が個別に切り離されたものじゃなくて、波動をとおして見えない世界でつながり合ってるものだからね。

だから自分だけが悟り澄まして、世界人類の苦悩を見て見ぬふりしてる人があるなら、その人は生悟りだといえるんだよ。

酸化した集合意識を還元すれば

個々人の発した想念の責任の所在が、実際にはその当人にあるとしても、地球全体の運命というのは、人類全員の集合意識による共同創造によって運行されているのだから、気づいた人から集合意識にある酸化した想いを光に還元してゆけば、還元された部分が多くなればなるほど、集合意識の酸化した箇所が少なくなって、人類全体が意識の還元をよりはかりやすい下地を調えることになるんだよ。

そのように、地球世界に調和した天地をどれだけ画き出せるかは、酸化した想いの還元の如何によるともいえるんだ。

それらのことを知って、酸化した想いを神性意識に還元する祈りを日々行じる人が増えれば増えるほど、地球世界からあらゆる苦悩が消滅していって、やがてはすべての人に幸せしか訪れない大調和世界が展開されることになるんだよ。