Voice of brothers 186 他者を鏡にして心の身だしなみを調える方法

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★他人は自分の内面を映し出して見せてくれる存在

人を信じることは、自分を信じることでね。

この二つはイコールでむすばれてるんだ。

だからホントのことを言えば、他人を信じた自分を信じていなければ、本当は他者をも、心の底からは信じていないといえるんだよ。

誰かに感じる想いというのは、いつでも自分を映し出して見たうえで、ああだこうだと思っていることだって話は前にしたでしょ。

鏡の法則とか呼ばれているこういう話は、真摯に自分と向き合って、本当の自分に還ろうとしている人にしかわかんないことだけど、意識進化のプロセスで人は誰もが、いつかは通らなければいけない境界なんだよ。

誰かを観て何かを想ったり、誰かの言葉に化学反応を起こして、様々な感情想念を催したりするようなことなんかは、そっくりそのまま自分の想いの癖に気付かせてくれてるようなことなんだ。

だから、他人は自分の鏡だというんだよ。

このことがわかれば、人は、生きることが楽で仕方なくなるんだよ。

他人に感じる想いを自分のことだと受け取りさえすれば、自分の想念習慣以外に、自分を犯すものは何もなかったということが、心の底から腑に落ちるからね。

★意識進化すれば人間は信じ合える

最初の話に戻ると、人は、みんなが調和して生きるためには、信頼関係でむすばれていなければならない。

信頼のないところには、安心も安寧もないからね。

例えば、多くのペットの犬や猫たちが、自宅で安心してくつろいで過ごしてるのは、飼い主である人間を信じているからでしょ。

人間を信じることを知らない、そのような体験の蓄積がない野生の動物たちは、聖者にでもないかぎりは、人間に対して心を開かない。

人間同士でもそれはおんなじで、「この人は胸襟を開いて付き合える」と思わなければ、一般的に人は、他人に対して自分をさらけ出さないでしょ。

ところがそれは、肉体をまとった現象界だけの話でね、いのちの光が剥き出しになった世界では、誰も彼もの考えてることが互いに筒抜けで、しかも他人に観られて都合の悪い想いを秘めた人など誰もいないから、人は誰もが胸襟を開いて付き合える人ばかりで、心から協力し合い、持ち味を生かして助け合い、全体の調和のために働くことができるんだよ。

そのいのちの光が剥き出しになった世界が、きみたちの表面想念の奥にある神域の意識世界にあるんだよ。

本当は、人間は信じるも信じないもない、初めから信じ合って、ひとついのちを分け顕して生きている存在なんだ。

そこに至るまでには、さっき話したみたいに、他人を鏡のように思って、人に感じる想いから自分を見つめる段階もあるけれど、その奥には、自分も他人もなく、みんながひとついのちの分かれとして、生きている世界があるんだよ。

いつかは誰もが、その本当の自分に帰って、愛と真の天国のような世界を、地球上に創りあげてゆくことになるんだ。

その真実を忘れさえしなければ、今がどんな想いにまみれていたって大丈夫。

必ずそうしたネガティブな想念を消し浄めて、いのちの光そのものの自分を顕してゆくことができるからね。