Voice of brothers 218 霊的観点から観た男女がともに生きることの真の意義 (3/7)

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(前回の続き)

★心の結婚が出来る相手と出会うために

今回はそのファミリーを形成する核となる存在……、夫婦に焦点を合わせて観ていこうね。

なぜならこのことは、地球人類が意識進化するための最重要ポイントともいえる大事な関係性だからね。

いいかな。

それで、ここで一つ認識しておいてもらいたいことは、ぼくたちがここで「夫婦」と表現している男女の関係性は、必ずしもきみたちの国々が個々に制定した法律や憲法上に規定された【結婚】を意味するものではないということだよ。

ぼくたちが観ている「夫婦」というのは、互いの心が、真実のパートナーシップを心にいだいて生きているかどうかなんだ。

だから、結婚という形で結ばれてなくても、心がシッカリと結ばれている組み合わせの男女を、ぼくたちは夫婦と見なす。

逆に、表面的な形態として結婚をし夫婦として過ごしている組み合わせでも、心が離ればなれになっている場合には、それは真の男女におけるパートナーシップとは言えないんだよ。

地球上を広く見渡してみたらわかることなんだけど、形の上では結婚していながら、心が赤の他人になってしまってて、互いに対する気持ちが冷めている夫婦は実に多い。

そのような人たちは多くの場合に、表面上は何ごともないように平穏に装って見せかけているから、肉体人間同士の間で互いを見れば、それぞれがいたって普通に見えている。

霊的な観点から観れば、形の上で婚姻契約書に調印をし、結婚という名の契約を交わしているかどうかなんてのは、まったくたいした問題ではないんだ。

それで、現代の地球上では、過去世での夫婦生活や親子関係への嫌悪感や、偏った宗教的修行へのこだわりを未来世である今生に引きずっているがために、今回の人生で異性のパートナーを持たず一人で生きてゆくという選択・決断を現時点で下して生きている人がたくさんいるね。

それらの人は、今生の人生の後半生……これからの日々のなかで、産まれてくる前にあらかじめ用意されていた陰陽一体となるべき異性と出逢う場合もあるし、一生涯の間、誰もに用意されているその出逢いを想念でブロックしつづけて、一人身で生きて死にゆくケースもある。

後者の場合には、みずからの異性をブロックする想念ゆえに、たとえ今回の人生で出逢うべき人に出逢えなかったとしても、肉体を離れたあの世でか、次に生まれ変わった来世のなかでか、いつか必ず魂のパートナーシップの学びを共有し合える相手と出逢うことになるんだよ。

というのは、男女が一対になって精神波動と物質波動を交流させ、一体化してゆくプロセスというのは、宇宙にくまなく実在する人類にとって、避けて通ることのできない必須の道程だからなのだよ。

それは、宇宙の成り立ちをみずからの人生に映し出して体験するという、『宇宙創造活動の基本を体得する学びのシーン』とも言えるものなんだ。(次回に続く)