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Voice of brothers 234 生命教育の大切さ(前編)

★何よりもまず先に子どもたちに教えてあげるべきこと

幼少期の子どもたちには、難しい学問を教えるよりも、生命の法則を教え、それを使いこなせるように導くことだよ。

それには、『道徳』という教科を『生命』に置き換えて、子どもたちが”いのち”のなんたるかを知り、その使い方を覚え、実際に彼ら自身がみずからの想念言行に顕せるような環境を調えてあげるのが一番いいね

そのうえで教えることが、生命大調和の法則に基づいた『国語』『算数』『理科』『社会』などの『知育』であり、魂の躍動を肉体に修めさせるよう導く『体育』であるならば、子どもたちは誰でも、特別な努力を必要とせずに、精神と肉体にいのちの光を輝かせて生きることの出来る大人に成長してゆくんだよ。

国語が単なる語学でなく、算数が単なる数学でなく、理科が単なる化学や物理学でなく、社会が物質界に限定した世界を知る学びでなく、体育の時間が生命力の発露を促し心身の発達を促進する時間であるならば、彼らにとって学校でのすべての時間は楽しくなり、彼ら一人一人の意識進化は自発的に為されるものに変化するだろう。

そのような観点から観れば、これまでの地球上の学校教育には『生命教育』の観点が欠けていたといえるんだ。

地球では、生命倫理を見失った老若男女が尽きることなくいるでしょ。

それでいつの時代にも、事件や不祥事が絶えないようなことになっていたんだよ。

そうした教育改革を実現するためには、国家をも巻き込んだ全体的な社会改革が必要になってくるから、一人や二人の力では、今すぐにはどうにもできなくとも、学校教育の補助として家庭で、きみがきみの子どもたちをそのように導くならば、子どもたちの向上心はみるみるうちに開発されて、自発的に伸びてゆく姿を目の当たりにすることになるだろう。

子どもたちには、みんなの命を活かすことができる能動的な意欲をぜひとも活性化してあげてほしい。

命が活きない受動的な勉強をどれだけしても心は育たないということを、大人たちは自分たちの経験から学んでいるはずなんだけどなぁ。

きみ自身が能動的な学習態度を元々持っていた場合は、相手の立場になって、どうして子どもたちの学習態度が受動的になりがちなのかを考えることだよ。

社会に出てから出世するためとか、人生の勝者になるためだなんて子どもだましな動機づけは、今時の子どもたちには通用しないよ。

どうしてかというと、今ごろ生まれてくる子たちは、地球を立派な星に仕立て上げるために生まれてきた高級神霊であることが多いからだよ。

彼らは往々にして、今の大人たちが幸せじゃないことを見抜いているから、大人から押しつけられた既成の生き方じゃない、独自の道を切り開く能力に長けてるんだ。(次回に続く)