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Voice of brothers 310 三次元の旅路の終盤に際して(後編)

 前の同名記事

 

(前回の続き)

★より大いなる生命大我と一体になるために

そのときには、自分が大海原そのものになったイメージでやるといいね。

地球上の形ある命が海から産まれたと言われてるのは事実で、きみがみずからの呼吸音(鼻の奥で響かせる波の音)への同化統一体験をすることによって、そのとききみの意識は、自分がすべてを産み成し生かしている命の故郷そのものであったことを認識出来るようになるんだよ。

形あるすべての命の親である自分が荒れ狂ってしまったなら、たくさんの命に甚大な被害を与えるでしょ。

それで、人間を肉体的個人に限って見れば、60兆から70兆の肉体(物質)細胞があるでしょ。

だけどそれ以外にも、無数の精神細胞がきみの意識を構成しているんだよ。

その事実から言えることは、きみはきみを構成するすべての肉体細胞さんたちと、精神細胞さんたちの命の親だということだよ。

そんな自分の意識が荒れ狂っていたら、それら全細胞さんたちがダメージを受けて、正常な新陳代謝のサイクルが乱れて、心身がやられてしまうことにもなりかねないんだ。

また、きみはきみを構成する細胞さんたち側の個であると同時に、細胞さんたちにとっての地球や宇宙そのものでさえもあるんだよ。

それで、「ああでもない、こうでもない」って思う代わりに、ユッタリとした呼吸をつづけてゆけば、【宇宙 – 地球 – 大自然 – 全生物 – 人類 – 肉体としての自分 – 精神としての自分】の七つが、メビウスの輪のようにつながり合って、ひとついのちの大きな円光であることが観じられて来るんだよ。

そうすると、ちっぽけな自分の殻から意識が抜け出して、より大いなる存在としての意識で、地球と地球に住むすべてを見つめている自分を自覚できるようになってくるんだ。

★旧い旅路の終わり = 新しい旅路の始まりに

そこまで意識が広がればもう問題なしだよ。

きみを犯すものは何も無い。

きみの意識は地球と一つであり、宇宙そのものでさえあるのだからね。

そしてそれは、元々あった生命光に根ざした神性意識でもある。

ってか、そもそも自分を犯してたものなんて、自分の発した習慣性の想念(個我)ぽっきりで、宇宙意識(いのちの光)としてのきみ(生命我)じゃなかったんだから、意識が地球大、宇宙大に大きく深く広がった今、自分を犯してたものなんて、もうこの段階では、何ひとつ無くなってしまったんだよ。

過去の記憶や習慣性の想念を、「真実の自分ではなかったのだな」って気が付き、断定して認識することが出来れば、もう同じ課題の追試験的な運命環境を繰り返して体験しなくてもよくなるんだ。

おめでとう。

よくここまで来たね。

辛かったでしょ。

でももう大丈夫。

不完全な意識で不自由を認識してきた時間のつづきはもう終わりに近づいている。

きみを不自由なステージに縛りつけてきた旧い想念習慣が全部浄まり切れば、過去世の彼方からつづいてきたこれまでの心の旅路は終わるんだよ。

一面が幻の砂ばかりの砂漠(旧い想念習慣)を彷徨いながら、ダイヤモンド(神性の自分)の鉱脈を探しつづけるのは、大変な困難を伴うものだったね。

それで、今日までつづいてきた永い旅が終わるその刹那、きみの意識は即その場で新しいステージへと移行して、まったく生まれ変わった真我意識での新たな旅路が始まるんだよ。

そのときはもうそこまで来てるんだよ。

だから今がどんなに困難でも諦めないで。

一歩でも二歩でも前へ進むんだ。

格好をつけて、自分をスマートに見せかけようだなんて思わなくていいんだよ。

心がへたって歩けないっていうなら、這ってでも、転がってでも前へ進むんだ。

過去の記憶の自分から、神性意識の自分への転換点を、きみはもうじき体験することになるんだよ。

間違いなく絶対にね。(終わり)