Voice of brothers 123 祈り方について(後編)

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(前回の続き)

★持つべき心構えときみたちの役割

全体が大調和に至るプロセスというのは、必ずしもすべての人にとって都合のいい状況ではないかも知れない。

「かも知れない」というよりは、むしろ人間智では計り知れない経過をたどることのほうがほとんどだといえる。

全体を導く大生命智、すなわちすべての人類が内包する生命根源の叡智というのは、自己都合を優先する肉体人間観を持っているかぎりはわからないものなんだ。

勘違いのないように付け加えると、宇宙を運行するその叡智がわからないからダメだというものでもないし、発心を起こしたからとて、すぐにわかるようなものでもない。

それで、人類の根源的あり方を今はまだ思い出し切れていない場合には、自己の全想念をすべての人類の生命源である大生命に統一して、あとの結果(運命の成り行き)は大生命に委ねて、結果としてどのような命運が現れ来たとしても、全面的に受け入れるだけの腹を決めるといいんだよ。

表面的に観れば、きみたちにしてみれば戦争なんか起こらないほうがいいに決まってるね。

ぼくたちだって、これ以上たくさんの生命の弟妹が傷つくのは観たくない。

けれども、地球の肉体界の運命を主導するのはあくまで三界(肉体界・幽界・霊界)の人類が発する想念だから、大生命と生命根源の世界にある神霊がたが、人類が発する想念の行方を観ながら導く方向性は、なんらかのカルマの大きな自壊作用を人類に体験させるほうが、致し方なくも地球界の進化にとって最善の道だと認められれば、そのようなプロセスを経て以降、完成へと向かうことになるかも知れないし、きみたちの平和の祈りがかなって、神界に在る世界が地上にも映し出されて、平和裡のうちに事が運ばれることになるかも知れない。

祈った結果というのは、あくまでも今この瞬間のきみたち地球人類の意識の用い方にかかっているのだし、きみたち次第だといえるんだよ。

だから、きみたちの持つべき心構えとしては、キリスト教の祈りのように、「み心のままになさしめたまえ」って、大生命に全部の結果を委ね切り、すべての現れ来た現実をよくなるプロセスとして受け入れ、前向きに生きてゆくことがいいんだよ。

話を最初に戻すと、個我の願い事というのは、地上世界では相対する願いを持つ人が必ずいるものなのだから、完全調和を願う祈り言葉に溶け込んで、みずからの意識は生命の源に鎮魂しさえすれば、そこにおのずと魂振りの作用(神聖活性化)が起こって、未だ人類全員の神性を認めない想いの持ち主の心にも一条の光が差し込んで、多くの人類が真実の調和、本当の平和を志向するようになり、真理にかなった生き方が出来るように、自然と想いのあり方が変わってゆくことになるんだよ。

祈りの発光と念力の妄動を勘違いしている人がもしもいたなら、今日の話を何回も読んで、真の祈りを心身に修めて、地球平和を善導するラダー(天地の橋渡し役)の一人として、不安恐怖に流されやすい人類すべての心に、いのちの光を灯してあげてほしい。

よろしくお願いします。(終わり)