Voice of brothers 229 寿命の次元上昇ときみたちのミッション (1/5)

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★尊厳死について

現状の地球世界では、死線を彷徨われている人のご家族などが、EBM (科学的根拠に基づく医療)と呼ばれる現代医療を盲目的に信奉して、当人の意志を無視した延命治療が行われていることが多いよね。

その結果として、地球上で何が起こっただろう?

そうだね、表面的な数字だけに着目してみれば、平均寿命が劇的に延びたね。

別な面の数字を見れば、病院のベッドに縛り付けられてたり、自宅療養でも24時間介護の必要なお年寄りが急増したでしょ。

それに比例して、ご家族の方の精神的・経済的な負担が増えて、追い詰められたような心境で生きているご家族や、一方的に延命させられている忘我状態の人が多くなったことも見逃せない事実だね。

近年地球では、尊厳死という言葉が使われ始めているけれど、その定着度を見ればまだまだ少ない。

この数十年の間に医学は急速に進歩して、数字だけ見れば、地球人類は確かに長生き出来るようにはなった。

100年くらい前の時代には60歳まで生きれば、「あの人は大往生した」、「長生きした」と認識されてたのにね。

ここで考えてみてもらいたいことは、果たして死期を間近に控えた人のいるご家庭のご本人とご家族の幸福度は、その寿命の延びに比例して増えていると思える?

もし増えてるならいいけど、そうじゃないのは明白でしょ。

それはどうしてだと思う?

この問いは何も、長生きする必要はないとか、昔の短い平均寿命に戻ることがいいといった、一方的な前提で訊ねているわけじゃあなくって、寿命が延びていながら幸福度が低下しているという、いびつなあり方に対して、何かがおかしいと気付いてほしくて発した質問だよ。

この質問に対する神性に基づく真理の答え(自分自身の中から湧きあがり来るいのちそのものの響き)を掴むためには、「人はなんのために生きるのか」という哲学的な命題に対する回答を、みずからの信念に基づいて答えられなければならない。

その問いへの回答が心の奥から閃いた人は、命が何処から来て、なぜ母胎で形成された胎児の体内に宿るのか、自分の命がなんのために親や環境・民族国家を選んで生まれてきたのか、人が死んだらその命は何処へ行くのか、などの諸々の哲学的命題に対する回答もわかる人だといえる。

自分がなんのために生きているのか、命が何処から来て何処へ帰って行くのかもわからずに、ただ漫然と過ごしているような人は、常に他人の言動や自身の置かれた立場・環境などに左右され、右往左往して、老年になっても心安らぐ安寧や至福の境地を自己のものにすることが出来ないでいるんだよ。(次回に続く)