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Voice of brothers 99 そのままの自分を生きるために

そのままのあなたでよいのです?

「あなたは何者かになろうとしなくてもよいのです。そのままのあなたでいいんです」とかのことを、精神指導者もどきや似非宗教家なんかが涼しげに書いたり語ったりしてるのがあるでしょ。

ああいうのを“一知半解”って言うんだよ。

本人はわかったつもりで得々と伝えている。

けれども、実はなんにもわかっちゃいないっていう、精神世界の浅瀬の境涯にありがちなやつだよ。

それで、わかんない人がわかったつもりになって、わかんない人に伝えるものだから、“そのままでいい”の“そのまま”が持つ真の意味が伝わらないままで、その話を見聞した人が今度は、「今のままの自分でいいんだー。ああ、よかった」って胸をなで下ろして、結局は誰もだーれも意識進化しないでいるなんてことが、地球上では案外多くあるんだよ。

“そのままでいい”の“そのまま”とは

“そのままでいい”というのは確かに真理だよ。

でもそれは、今のままの非真理の想念習慣を放置してもいいという意味じゃあないんだなぁ。

むずかしい?

じゃあ、わかりやすくするために、ここで漢字を当てはめて観てみよう。

“そのまま”の“そ”という部分には、素・祖・礎あたりの漢字が該当するのね。

だから“そのまま”というのは、“素のまま”であり、“祖のまま”であり、“礎のまま”でもあるということで、そのこころ・・・は、『いのちそのままの意識を表していればいい』というのが、“そのままでいい”という言葉の本当の意味になるんだよ。

“素”も“祖”も“礎”も、いのちの大元の本心本体そのもののを指している言葉にほかならないからね。

そのままの自分を生きるために

そういう話を踏まえたうえで、厳しく聞こえるかも知れないけど、意識進化を志向するきみは、知ったかぶりの情報にまどわされて自己のいのちの根源を見失ってはいけないし、生命の本質から離れた個我にとどまることをよしとしてもいけないよ。

人は誰でも、いのちそのままに生きてさえいれば、どんな苦悩もそこに生じることなんかなくって、ただただ幸せだけ、感謝だけ、愛だけに充ち満ちた生活が送れるように設計されているんだ、ホントはね。

だから、頭のなかをよぎるあらゆるジャッジ、自分や他人に対するありとあらゆる評価の想いに、いつまでもこだわることをやめて、サラサラサラサラとした爽やかな心で、日常の一瞬一瞬を過ごすことがいいんだよ。

それで、「非真理の想いをすべて思ってはいけない」といわれても難しいと思うから、思ってしまったとしてもそこにとどまらないで、光の意識のなかに入り込むコツをつかみさえすればいいということなんだよ。

そのための方法がいつも話している深い呼吸を標準装備することだったり、祈りの心で一瞬一瞬を意識的に生きることだったりするんだ。

そういう日々は、劇的に何かが眼に見えて変わるとかいうことがないから、「こんなことしててなんの意味があるんだ?」って、不信の想い(幽界念波のいざない)に意識をもってかれそうになることがあるかも知れないけど、根本的に意識進化をして、神性意識が根底からよみがえる方法としては、これ以上確実で最短の方法は他にないんだよ。

だから、自分のいのちの光だけを日々見つめ信じて、五感六感あたりに映じるすべての現象への感想を、全部いのちの光のなかに投げ入れて、ハイアーセルフの心を自分の心として、毎日たゆみなく平和の祈りと深い呼吸を持続していてね。

そうしてさえいればそのうちに、誰もがアッと驚く一大変化が地球上に起こるんだよ。

実際の話としては、そのことによって、地球人類の神性復興がドミノ倒しのように起こって、もう過去の過ちを繰り返した世界へは、戻ることができなくなるときがくるんだ。

そのための算段は、すべて準備万端ととのっている。

そのために何十年も前から、きみたちとぼくたちが協働して働いてきたのだからね。

だからきみたちは、その日を現実化する道開きとなる平和の祈りと深(神・真)呼吸をただただ、飽きることなく繰り返しながら過ごしていてほしい。

不安と疑心の渦巻いている現状の地球界における波動圏のなかでは、そのような生き方をしているきみたちだけが、希望の未来を切り開くただ唯一ひとつの切り札なのだからね。