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Voice of brothers 483 微妙玄通の心を己が心とする日まで(後編)

 前の同名記事


(前回の続き)

★責任転嫁と他者依存からの卒業

年端もゆかない小さなお子らは対象外な話だけど、きみが成人した大人で、名実共に自活して暮らしているのなら、もうそろそろ、「自分の運命に干渉出来るのは自分の想いだけだ」って事実を明らかに見定めようね。

自分の運命を創っているのが、ほかでもない自分自身だとわからないでいる人は、未だに責任転嫁の習性がゆえに、動物さんたちにも劣る生き方をしている。

そして、その責任転嫁の裏には、他者依存の習慣が横たわってて、その人の神性に立脚した魂の自立を、これでもかって妨げてるんだ。

どうして責任転嫁と他者依存が表裏一体の関係性になってるかというと、意識が他人に依存している境界にあるとき、事がすべて上手く運んでるうちはいいけど、事が思い通りにいかないときには、人はついつい、その責任を他のせいにしてしまいがちだからだよ。

ここに於いて、このことが単なる事実であることは明白でしょ。

そして、そういう精神性に甘んじているかぎり、その人は時として動物にも劣る稚拙な振る舞いを見せているんだ。

周りや世間を見渡せば、そんなの日常茶飯に起こってるでしょ。

もういい加減に、万物の霊長としてはまったくふさわしくない、そんな恥ずかしい繰り返しは卒業しなくちゃね。

★すべてに精通した微妙玄通の心を生きよう

そのためには、微妙玄通の心を自分のものにすることだね。

微妙玄通の心ってのを簡単にいえば、すべての真理に精通した神性を生きてる心のことだよ。

そこで大事なことは、意識の焦点を合わせて見るべきは『肉体外の現実』ではなく、それらに五感で触れた自分がどのように受け止め、感じたかを観ることだ。

今回の話の最初に、「どんなときでも、自身の心が本ものかにせものかを見極めて、いつでもいのちの本質を生きるように努めることが大切だ」って話したのは、そういうわけなんだ。

誰がどうした、何がかにしたと、外のことばかり、評価するのではなく、内側が反映された外の動きを見て、それらに何を感じたかを見つめることこそが大切なんだよ。

それがわからなかったからこそ、本末転倒した生き方になってたんだという事実に気がついてほしい。

本末転倒って言葉でわからなかったら、逆立ちして生きていた、逆立ちした状態で世界を見ていたって思ってもいいね。

そういうふうに、意識のあり方を丁寧に観て、自分自身を真理そのものに磨きあげてゆく人は、必ずすべてに精通する日が来るんだよ。

なぜならば、すべての現れは一なる大元から現れ出たもので、何ひとつとして分離したものなどないのだからね。(終わり)