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Voice of brothers 92 生命権能を他に明け渡さないでいられる真理について(後編)

(前回の続き)

★魂を自立させるために

骨折したとか血が出て止まらないとかの体の外傷は、お医者さんに対処してもらうことは、なんの問題もないね。

次に体の中の異常や病気なんかも、自分の信念で癒やせない場合は、お医者さんに痛みを和らげてもらったり、治してもらうことはいい。

最後に心の苦しみ、不安や恐怖、怒りや憎しみ、悲しみや孤独などだけど、これは誰に頼っても根本的に癒やされることはない。

そんなこと言ったって、占い師さんに見てもらったらすごい安心したとか、ヒーリングしてもらったら心が軽くなったって人もいるよって?

うん、それはね、ホントのことだからこの際ハッキリ言うけれど、見てもらったから安心したとか、ヒーリングで心が軽くなったなんてもんじゃなくて、占い師さんとの会話で毒を吐き出して楽になったとか、ヒーリングを受けたことでプラシーボ効果が起こりよくなったって錯覚したような状態なんだ。

誰かに悩みを打ち明けて気が軽くなったなんて体験は、けっこうたくさんの人がしてるんじゃないかな?

それに幼い頃には、「これを食べなきゃ大きくなれないよ」とかお母さんにだまされちゃって、大きくなるための薬だって信じて、嫌いな食べ物を克服した経験のある人も多いんじゃない?

人は心のモヤモヤを他人に吐き出せば一時的には楽になるし、プラシーボ効果が起これば、一時的にはよくなったような錯覚が起こったりもする。

だけどそれじゃあ原因は完全にはなくなってないわけだから、また同じ苦悩がそのまま形を変えてやってくる。

それじゃあ、おんなじ苦しみの場所から動かないで、グルグルグルグルとそこで堂々巡りしてしまってて、なんの根本解決にもなっていないということになるんだよ。

人というものは、自分が変わらなければ世界が変わらないし、自分が変われば世界が変わるように設計されているんだ、誰一人の例外もなくね。

だから依存の境涯に生きているかぎり、魂の自立は夢のまた夢だし、生命の権能を他者に明け渡しているかぎりは、何かことが起こったら他に責任をなすりつけてみたり、逆に他にすがりついてみたりするようなことを繰り返すんだ。

ぼくたちから覧るときみたちは、地球の波動の進化に合わせて、意識も同じように進化してかなければならないのに、旧態依然として習慣性の想いに流されてる部分がまだ見受けられる。

それは、生命を無駄遣いしていることなんだよ。

人は何をどう認識して、自身が何を選択して生きてゆくかによって、どんな人生を創造するかの方向性がおのずと定まってゆくものなんだ。

それで、今の運命や、あると思って見ている世界は、過去の想いが現れては消えてゆこうとしている世界なんだね。

ぼくたちがそう言ったからといっても、きみが何を実在だと見て、何を幻影だと見るかなど、日々の認識をどう使うかは、きみだけが舵取りの決定権を持っている。

そのことは本来、他の何ものもきみに強制できるものではなく、他の誰もきみを左右できるものじゃない。

なのに、「他に左右されている」とか「左右してもらいたい」と思ってきた迷妄を、今この瞬間から断ち切ろうよ。

★神性回帰するために

人の本質である神性は、そんなにひ弱なもんじゃない。

真理からいえば、本当の人には苦しみはない。

というのは、真理を生きてさえいれば苦悩はないからだよ。

なのに苦しみがあると思っているのは、「真理から外れた想いの使い方をしているよ」という、いのちからのお知らせアラームのようなもんなんだ。

そのアラームを止める方法は、「ああ、これが真理に外れた想いの使い方だったんだなあ」って、苦悩の原因を掌に乗せて、「私はもう気がついたから、あなたのお役目は終了だよ。ありがとう、ご苦労様」って、感謝して、ねぎらってあげることなんだよ。

そうすれば、おんなじ苦しみはもう二度と、きみを苦しめることはないだろう。

心の奥の天に一足早く昇天して、きみを助ける側の力になってくれているのだからね。

いいかい、よーく聞いて。

きみを犯すものは何もない。

きみを苦しめるものも何もない。

きみを悲しませるものもなければ、きみを憎しみにいざなうような勢力も何もない。

あるのはただただ、神性を忘れた時代から手放せないでいる、みずからの真理を外れた想念習慣のみだよ。

それを手放す方法は、深い呼吸を伴った真理の祈りだよ。

祈りはいのちの光に帰る道をつくる。

道をつくるのも、その道を歩いてみずからの本源に帰り着くのも、全部自分がしなければならないことだ。

そのことさえ忘れなければ大丈夫。

きみは元々神性の存在そのものだったのだからね。