Voice of brothers 162 地球の未来を明るくするために(前編)

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★アカシックレコードやその他の予言・霊視への依存について

精神世界の一部では、「アカシックレコードにすべての過去と現在と未来が画き出され記録されている」というようなことが言われていますね。

一部の人はそこに救いを求め、みずからに関連する記録の開示を依頼しては、過去と未来を知ろうとしているようです。

しかし、そこには真の救いがありません。

知ったところでどうなるというのでしょう。

やってしまった過去のことを、ゲームのようにクリア(無しに)できるでしょうか。

今の頑張りによってさらによくなる希望のない未来に、想いを縛り付けて満足なのでしょうか。

また、今の意識を変える努力を放棄して、未来がよくなるとでも思っているのでしょうか。

誰かに救いを求めるような心境に安住していては、未来を光明化することは遠い夢、絵に描いた餅でしょう。

それとも誰かがなんとかしてくれると、本気で信じているのでしょうか。

甘いです。

甘いと言わざるを得ません。

どんな立場環境もみずからつくった運命であり、それを変えられるのは当人の生き方の進展によるしかないのですよ。

そう申すのは、意識進化の深みを肉体心身に表しつつ、一秒一秒を地球の未来に対する責任を感じながら、神性光線の一筋一筋として、互いの力を発揮し合い、協力し合って生きることです。

よってわたくしたちは、アカシックレコードやその他の予言・霊視などに依存することを推奨いたしません。

なぜなら、そこに記録されているデータは、ある意味では正しく、ある意味では誤った情報であるからです。

というのは、前者が幽界の記録として観れば正しく、後者が幽界以外の別次元(肉体界や霊界、神界など)から観れば正しくないということです。

また霊視などは、個我が空っぽになっていない霊能者自身のフィルターがかかってしまい、正確に観ることが不可能なのです。

それらをまとめて違う言葉で申しあげれば、完全正確なる事実ではないということであります。

地上には、「悪い未来を覆すために未来の予言をする必要がある」と述べる人もおりますが、わたくしたちから言わせてもらえば、それは詭弁であります。

またそうした行為は、その人々自身の自己満足の充足行為であり、さらにいえば人心を惑わす行為でしかありません。

なぜならば、その予言や霊視を見聞した地上のすべての人々が、「よし、その悪い予言(霊視)を覆してみせる」というように、前向きな想いを発する人ばかりではないからです。

そして、その予言や霊視に触れていだかれた後ろ向きな想いの数々は、不調和な未来の実現を助長するカルマエネルギーとなって、アカシックレコードと呼ばれる幽界の様相として記録されるのです。

そのようにして、意識進化の素質有望なる人々が、運命の改善を為す術もなく、カオス的な今日の運命を形を変えて、明日も明後日も延長してしまっているのですよ。

なんともったいないことでしょうか。(次回に続く)