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Voice of brothers 391 モノのいのちと宇宙の眼差し(前編)

★モノに宿るいのちも認めよう

いつか話したと思うけど、すべてのモノ物質にも生命が宿っているんだよ。

それは、魂の宿った人間の肉体が生きているのと同じようにね。

「じゃあ、魂の宿ってない人間の屍には、生命が宿ってないじゃないか」って思われるかも知れないけど、それは魂が抜け出ただけで、やっぱりそこにも生命は宿ってるんだよ。

ん?

わかんなくなった?

うん、ごめんね。

「宿ってる」って表現が悪かったみたいだから、全然違う角度からもう一度説明し直そう。

いいかい?

すべての精神波動が生命そのものの現れであるのとおんなじように、すべての物質波動も生命そのものの現れなんだよ。

違う言い方をするなら、この宇宙に現れている在りて在るすべての森羅万象には、生命以外のものなど何ひとつ無いといえるんだ。

よく言うでしょ。

すべての物質波動と精神波動は、ともにいのちの源から生まれ出たんだって……。

すべては生命の現れなんだよ。

生命の現れじゃないものなんか何処にもないんだ。

★生命教育が浸透してゆくプロセス

今までの地球では、動くモノだけに生命の存在を認める考え方がスタンダードな認識だったでしょ。

けれども、今、一部の人たちの心内から新しく芽生えつつある神霊文明の世界では、すべての精神と物質にいのちを認める見方が、生きてゆくうえでの基本的な認識になりつつある。

見ててごらん。

そうしたものの見方がこれから世界中に浸透していくから……。

それは、とくに神霊文明意識を持つ人の多い神性先進国の国々から、徐々に物質偏重主義に偏った国々を巻き込んで、地球全体に広がってゆくだろう。

そうなり切る途中の世界では、真の生命教育の浸透してない地域と浸透している地域で幸福度に差が出てくることになる。

けれども、それも一時期のことで、これからの50年、100年……、うーん、長くとも200年くらいの間には、地球上のすべての地域で、物質にもいのちを認める価値観が浸透してゆくだろう。

これから地球に導入されようとしている新しい科学の分野でも、物質に生命の存在を当たり前のように認めているんだよ。

今は片足のつま先を突っ込んだ程度で、「それが何かわからない」という意味で、『サムシンググレート』なんて呼ばれているけどね。(次回に続く)