(前回の続き)
★意識進化を志向する人のあるべき意識のあり方
ここで、意識進化を志向する人のあるべき意識のあり方について、少し掘り下げて観てみようね。
ここで言う、『あるべき意識のあり方』ってのは、生命の源により近づいた精神状態(次元上昇した意識状態)のことをいうんだけど、自分だけが幸せなら、それでオールオーケーだと思うような意識が、本当に意識進化を果たした精神状態だと思えるかい?
思えない?
うん、じゃあ聞くけれど、人としてあるべき意識のあり方、意識進化した精神状態、次元上昇した意識状態というのは、具体的にどういう精神状態だと思う?
「他人と自分の垣根がなくなった精神状態」
うん、
「愛以外の何ものでもない精神状態」
うんうん、
「全体が自分だと、当然のように思える精神状態」
そうそう、そのとおり、どれも正解だよ。
全体が自分だと思えれば、地球上のどこかで不調和な状態が未だ残っているのに、「アセンションはもう完了した」だなんて、脳天気で独りよがりな考えが頭をよぎることはないんだね。
意識が生命の根源へ近づけば近づくほど、まだ真理を忘れたままの人々の悩みや苦しみや悲しみや怒りや寂しさなんかが胸に迫ってきて、自己をとおして発せられる生命根源の大光明を、地球界に放射せずにはいられなくなってくるものなんだよ。
それは、未だ悩める人々の感情想念の渦(二元対立の蟻地獄)に巻き込まれて、自分自身も理性を見失った精神状態でそう思うんじゃなくて、己の心は澄みきったまま、どんな泥沼の世界に入り込んでも心が汚れることはなく、地上に残るすべての闇に対して、いのちの光を照射して、地球世界のすべてが光一元の大調和世界に昇華するよう、人類意識の目醒めを促すエネルギーが内奥から溢れ出して止まらないでいる状態をいうんだよ。
そのエネルギーは、使えばすぐになくなるようなチャチなものじゃなくって、必要に応じて無限に溢れ出るいのちの大元からのエネルギーなんだよ。
それにその無限のエネルギーは、溢れ出して止まらないといっても、自分で制御できない類のものじゃなくて、みずからの神性意識で大きくも小さくも、やさしくもきびしくも、自由自在に制御して、表すことのできるエネルギーなんだ。
それこそが、神性意識が宣言された精神状態、意識が宣り出している状態、意宣りの意識、祈り心の真実なんだね。(次回に続く)