Voice of brothers 191 一真実行は万理を知るに勝る(中編)

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(前回の続き)

被害的立場の人のあり方と役割

また逆に、被害者となるような人の気の毒なあり方も、真理の観点から観れば、それが天災によるものであれ、人災によるものであれ、過去世から今日に至るまでの、真理を逸脱した当人の想念行為の結果が苦悩として現れ果たされて、消し浄まった瞬間の出来事なんだ。

だからその人は、その後の人生を心身に不自由を負って生きなきゃいけないこともあるし、その場で即死してしまうこともあるし、苦しみの果てに亡くなってゆくこともあるけれど、たとえどのような結果に繋がったとしても、その人の魂はそのことによって綺麗になって霊位が上がり、より意識進化した段階の人生を歩むことができる。

それと同時に、その他大勢の人類に、その気の毒な姿やかわいそうな事象を見せることによって、「命あるものが今後、そのような目に会うようなことが繰り返されないように」という、祈りにも似た想いを起こさせて、状況を改善するための叡智を呼び起こし、そのための行動を促し、社会を善導させる役割を果たしている側面もあるんだよ。

それもこれもどれも皆、人間たちが神性を自覚して生きてさえいれば、起こらなかった出来事なんだ。

過去のあり方や生き方はすべて遺物化してゆく

逆にいえば、地球上の人類みんなが神性を自覚して生きていれば、一切の苦悩という苦悩が消え去って、きみたちの世界は地上天国さながらの、大調和した楽園のような天地になるんだよ。

地球人類がこれ以上、今までのような想念習慣とそれに基づく言動行為・行動を繰り返していたなら、地球の未来は惨憺たるものになるのは、火を見るよりも明らかなことでしょ。

今までの文明文化や想念習慣は、霊化してゆく世界のなかにあっては過去の遺物でしかなく、明るい未来を形成する材料にはならないんだ。

だからこそ、冒頭にも話したように、自分たちの命の本質が神性にあることを、誰も彼もが思い出さなければいけないときに来ているんだよ。

今までのものの考え方、見方、生き方に、しがみ付いて生きてゆく人の未来は行き止まりだ。

ということは、地球でのその人の未来は終わらざるを得ず、その人の意識レベルにふさわしい天地にある星の世界に転生して、魂磨きをやり直すことになるということだよ。(次回に続く)