Voice of brothers 67 神性を発揮した生き方について(前編)

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★神仏は沈黙していない

「この宇宙に、もしも本当に神仏があるんなら、サーッと人類全員の意識を変えてくれれば、この世は今すぐにでも平和になるのに……」

覚えているかい?

この言葉は、きみが少年の頃、漠然と抱いていた疑問だよ。

今のきみはそんなこと思いもしないだろうけど、現在の物質界には、過去のきみとおんなじように考える人たちがいて、今も同様の悶々とした想念が累々と積み重なっているんだよ。

そんなふうに考える彼らが、資質は善良なのに、みずからは積極的に調和した現実を創造し得ず、比較的不幸な境涯に心身を置いて生きているのは、なぜだと思う?

それは、自分自身のなかに初めからある神性を認めていないからだよ。

そういう人たちは、神仏の力とは人類が発揮すべきもの、という真理を知らないんだね。

人類以外の何かが力を貸してくれるような奇蹟を願う想いは、実際に神仏のところに届いてはいるけれど、それが現実化することはないんだよ。

なぜなら波動があまりにも違いすぎるからね。

それで、きみたちのいう神仏なる存在が、どのように地球人類に手を貸しているかというと、きみたちの生命構造の内にある内部神性として働いていて、きみたち一人一人が真理に目覚めて、調和という宇宙法則に則って生きられるように導いているんだよ。

彼らはそのことを知らないし、また信じられもしないから、宇宙の真理や叡智が内奥から湧き起こってこなくて、何をどうすればどうなるというビジョンさえも画けないまま、ただ右往左往しながら踏ん張って生きている状態なんだ。

だから、事ここに至って、何が真実のことなのかをその手につかんだきみたちは幸せ者だよ。

なぜなら、ことさら特別に神仏のことを思わなくとも、ハイアーセルフの心を自己の心として生きることで、神性意識を発揮しているし、そのことがとりもなおさず、神仏の力をみずからに表して生きていることにほかならないからね。

だから冒頭の疑問にあるような、祈りが通じない無力感をいだく必要もないし、実際問題として神仏は沈黙してもいないんだよ。

大切なことは、きみたち自身が神仏の力を地に表す器だってことなんだ。

そうだねぇ、神仏と人間を引き離して想い観てしまうクセのある人は、神仏を一旦存在として考えるのをやめて、働きとしてとらえるといいんじゃないかな。

神仏の働きっていうのは、地球上ではあらゆる存在をあらしめる力ではあるけれど、その運用は地球人類に任されているでしょ。

だから地球界を運用する智慧能力に、肉体付随の小知才覚を卒業した神仏の働きを活かしていけば、おのずと地球界そのものが調和したあり方に変貌を遂げてゆくものなんだよ。

他力本願な考え方をする人は、ドラマチックな展開を期待してるのかも知れないけれど、地球界の神々もぼくたち宇宙人類も、きみたちが後から振り返ったときに、「いつの間にかよくなっていたな」って思えるような展開を望んでいて、そのように導いてるんだよ。

強制的にきみたちのあり方を矯正することは、宇宙心の心にかなわないものだからね。

きみたちの心の響きが、ぼくたちや地球の神仏の心波と近い響きを発している場合には、宇宙の神霊界からのインスピレーションがきみたち自身の直観として表れるんだよ。

それはなんだかわからないけれど、それをせずにはいられないという善良なる衝動として湧きあがってきて、きみたち自身が心身を動かして、実際に現実を変える力なんだ。(次回に続く)