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Voice of brothers 66 マインドドライブ ~ あるべき想念の発し方(後編)

(前回の続き)

★あるべき想念の発し方

前述したようなあり方は、どのような関係の人間間にあっても、日常茶飯事に行われてる何気ない地球の風景だよ。

日本には、腹黒いと、腹芸とか、想いと腹をからめた言葉がいくつもあるけど、腹に“いちもつ”を持ってる人は、いのちの光がその想いの雲で隠されてしまってるから、スッキリそのまま現れ出ないでいるんだよ。

それであるべき想いの発し方として一ついえるのは、腹中に含む想いが生命根元の調和性を素直にそのまま現わしたものになっていて、それを肉体に張り付いた想いで邪魔をせずに、そのまんま言葉に現わせるなら、それが一番望ましいってことだよ。

よく言うことだけど、言葉は運命創造の力でしょ。

それ以前に心に浮かぶ想いは、もっと重要な運命創造の原動力だね。

だから人は本来、思っていることと、いのちそのままの調和したあり方が、かけ離れたものであってはいけないんだよ。

ん?どうしてモニターに心の声が流れるのかって?

ああー、そっちに気をとられたんだね。

うーん、どうやって伝えたらわかりやすいかなあ。

ぼくたちの世界では、きみたちの言葉に当てはめていえば、“直接映写法”って呼んでるんだけど、ちょうどきみたちの世界でテレビカメラで写した映像を、電波に乗せてテレビ受像機でそれを見れるようなことなんだけど、きみたちの考える電波と違うのは、次元の奥行きまですべてを映し撮ることができるから、次元の周波数というか、波動チャンネルを切り替えるだけで、言葉に発してない心のなかの想いが、その人の声でナレーションのように聞こえる仕組みになってるんだ。

逆にもっと広い広範囲の宇宙を映し出してみるときには、反射映写法を使って見るんだけど、それは遠くのものに波動を当てて、帰ってくる波動を映像化できる仕組みになっているんだよ。

地球でも映像技術は格段の進歩を遂げていて、少しづつぼくたちの技術に近づいてきてはいるけれど、根本的に次元の奥行きを認める神性科学を受け入れないかぎりは、せいぜい大型化してお茶をにごすくらいが関の山だろうねぇ。

おっと、話が横にそれたね。

あるべき想念の発し方についてだけど、さっきも言ったように、いのちの波動をそのまま映し出して思念化するあり方にならないと、世界に調和をもたらす言動行為にはならないよね。

そんな人ばかりいる世界が、不調和の様相を呈しているのは当然も当然、当たり前のことでしょ。

地球人類はみんな、自分の考えてることが互いに伝わらない、相手にはわからないと思ってるから、思ってることとやってることが一致しなかったり、真理に外れた言動行為を恥ずかしげもなくしてしまっているんだ。

だけども、地球の霊化がこのまま進めば、そう遠くない未来に、もうすぐ地球の物質世界でも、互いの考えてることが手に取るようにわかって、隠し立てのかなわない世界になるんだよ。

そういう世界では、虚勢をはるのも通用しないし、嘘偽りも簡単にばれるし、思ってもないことを口にしてるのも明らかにわかるから、ありのままの裸の心で生きるほかないってことになるんだよ。

そういう世界になる前に、発する想念を宇宙真理に合致した響きの神性意識に進化させておくことは、何を差し置いてもやるべき大切な学びなんだよ。

わかるでしょ。

それを実現するためには、毎日そうだなあ、できる人は30分から1時間くらいは生命根源との一体化を目指す内観にあてて、神域の波動により長時間慣れ親しんでおくことだよ。

それは、昼や夕方、夜寝る前なんかより、夜明け前から夜明け後くらいの時間帯に行うのが理想的だね。

その理由については、1週間くらい前の話で説明してるから、そちらで確認してね。

それでもっていえることは、とにかくみずからの生命の大元と向き合うことだよ。

そしてその響きを、自分の想いに、言葉に、行いに表すことだよ。

内観を極めてゆけば、どれだけたくさんの肉体性想念が生命光波動の現れを妨げていたかがよくわかるんだよ。

そして、それを認識してもとらわれないで、消え去りゆく雲のように見て、つかまず消えてゆくのを見送ることができるようになるんだ。

それを繰り返していると、発する想念がだんだん生命光そのものの表れに近づいてきて、やがては肉体性の想いがほとんどない響きになって、いのちの光そのままの自分になることができるようになるんだ。

心の世界の話だから漠然としていて、なんだかわかりづらいかもしれないけれど、一人一人の想念性質が全く違う以上、特定の言葉ですべての人にピッタリ当てはまる表現をすることができないから、そこのところは汲みとりながら読んでね。

私心のない人ほど強いものはないということが、やがて世界人類に知れわたる日がもうすぐ来るよ。

それは勝ち負けで強いということじゃなくって、運命を思い通りに創造することのできる強さだよ。

繰り返すけれど、それができる人は、いのちの光がまっすぐそのままに表れた想念を発している人なんだ。

今からやれば十分に間に合うから、あわてないでじっくりと自分と向き合って、人の言葉に反応するんじゃなくって、それに対してどう反応し、何を思ったかという、自分自身の想いの発し方、想いの現れ方をよくよく観察することだよ。

そうすれば、座って内観してる時だけじゃなくて、日常生活のすべての時間で、自分を見つめながら生きることになるのだからね。(終わり)