Voice of brothers 107 宗教の再利用について(後編)

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(前回の続き)

★宗教本来のあり方と宗教指導者の改心

それで本来の宗教というのは、人類の本質、生命の真実を説き明かして、人々を真の安寧と調和の心境に導くべきものなんだ。

また、何ものとも対立せず、すべてを和合して、あらゆる存在をバランスすることこそが、宗教の使命だともいえる。

そうした観点から見れば、過激思想に毒されていなくても、ほとんどの宗教宗派が腹のなかで思っていることは、“自分とこの信仰をしない人は救われない”というのがほとんどで、真実に宗教が宗教たる所以を示した働きを為している団体は、地球をくまなく観ても、片手に余るほどしかない。

けれども、そういう各宗教の欠点はひとまず脇に置いといて、宗教宗派・国家民族・老若男女の別にかかわらず、共通の目的である全体の平和だけを共に祈ろうと呼びかけたのが日本だった。

それで、各宗教が集まって行われた平和の祈りの行事に参加した世界各国の宗教指導者たちは、神界の神々の計画どおりに真の人類愛に目覚め始めて、宗教対立の鉾をおさめ、融和することに前向きになり始めた。

見ていてごらん、ようやくできあがったこの流れは、これからも逆行することはなく、今後ますます大きくなってゆくよ。

なぜならば、最大公約数的共通の目標である世界平和の達成のためには、互いの違いを認め合い、尊重し合うことこそが大切で、それぞれの立場に根ざした考えの違いなど、実はたいした問題じゃなかったんだってことを、各宗教指導者たちが学び、思い出したからなんだ。

★世界が日本に注目する未来へ向けて

これから世界の国々に住む世界人類は、平和の砦を心に築きあげる方法を創設し、それを実行する中心の国として、きみたちの国、日本を見つめるようになる。

だから、その中心の働き手であるきみたちは、ますます私心を無くして、世界人類が神性復活するために踏む進む階段の役割に専心してほしい。

階段はものを言わず、人を選ばないでしょ。

この人は歩かせるけど、この人は歩かせないだなんて、人を選ぶ階段なんてないよね。

どんな人に踏まれても、ただ人を歩かせるだけ、それが階段で、きみたちの役割でもある。

地球の人々が神性の世界へ昇華できる階段は、もはやきみたちの心身しかないんだ。

これから世界人類が昇り来る道のりは、すべてきみたちがいつか通った道だから、きみたちは意識進化を志向する世界人類のよき相談相手になれるだろう。

だからといってきみたちは、声高に何かを叫ぶ必要は無いんだよ。

ただ神性を発揮した生き様を、その背中を、全地球人類に見せてあげるだけでいい。

きみたちが存在するだけで地球は光明化されているのだし、きみたちの存在に触れるだけで、世界人類はみずからの神性を思い出しやすくなっている。

なぜなら、きみたちはもう、存在自体がいのちの光そのものになっているからね。

世界中の宗教者たちは、そんなきみたちの働きにインスパイアされて、自分たちの為すべき本来の仕事を思い出してゆく。

きみには信じられないかも知れないけど、きみたちほど世界人類の平和と地球の安寧を命をかけて祈り込んだ人はいないのだから、その前人未到の実績からにじみ出る高次のオーラに触れた人は、神性のなんたるかを悟り、みずからにも表そうというように、自然に想って、行動するようになってゆくんだよ。

今年の5月、宗教者たちの神性復活は成し遂げられた。

また、団体に所属せず、個人で活動している真の宗教精神を持った人々も、きみたちと手をたずさえて活動する意志を表明し始めた。

そうしたすべての平和達成へ向けた展開は、各人の守護の神霊がたの涙ぐましい努力あってのことだという真実も、きみたちには知っていてほしい。

あらゆる展開は、天と地と宇宙の大調和シンフォニーの現実化してゆく姿なのだからね。(終わり)