Voice of brothers 22 人間にまつわる汚らわしいと思わしき事々について(後編)

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《昨日のつづき》

★未来の私から過去の私へ

⑤ 意識と想念の違い

さっき、″肉体は意識がつくった乗り物だよ″って話したけど、ここで意識と想念の違いについて確認しておこうね。

なんでこの話を今ここでするかというと、『人間は意識そのもので、想念などではけっしてない』という真理がわからないと、「肉体そのものが自分なんだ」っていう根深い誤解が解けないからだよ。

それでひとつ明らかにしておきたいことは、『意識も想念も、目にも見えず手にも触れられない精神波動である』という意味ではおんなじように思えるけど、その自在性は、まさに天と地ほどの差があるということだよ。

意識には一切の不自由がない。

けれども想念は不自由だ。

なぜなら想念は、肉体というまゆにくるまった状態で発生した精神波動だから、「自分は肉体だ」っていう自縄自縛の殻の外へ出ることができないんだ。

で、そこに様々な苦悩が生じているってわけ。

今回スポットをあてた疑問には関係ないけど、生きるうえでの悩みのなかには、老いてく悩み、病の苦しみ、死への恐怖などがあるけど、あらゆる苦悩は意識ではなく、想念がその発生元になっている。

その想念とは似て非なるものが意識で、意識は生命の自由自在な光の律動における精神波動面の現れであり、その働きなんだ。

だから本当の意識と、意識と混同していた想念はまったく違うもの。

それらが、『生命光を元に運用されているエネルギーである』という一点を除いてはね。

⑥ 成長とともに湧き起こる悩みについて

ここで話を元に戻して、誕生して以降の話をしよう。

どんな人も、生まれて間もない頃から幼児期にかけては大事に大事に育てられて、やがて自我意識が形成され、親がついて回らなくても自分一人で動き回れるようになってゆく。

十代くらいに入ると、男女それぞれに肉体的特性が顕著に現れて、自分の性を自覚して、それにまつわる悩みが増えてゆきもする。

その他にも自我の目覚めによって、様々な欲が表面化してくるね。

人によっては、排泄行為が不自由に感じて、どうしてこのような機能があるんだって、悩む人もいる。

本当は親やおじいちゃんかおばあちゃんが悩める少年少女たちに、人間の生命と肉体に関する真理を話してあげれば、みんな悩まずに済んで、命すこやかに成長することができるんだけど、今までは時至らずで、そんなふうに悩むことも必要な体験だったんだ。

⑦ 排泄機能について

ここからは、少し尾籠びろうな話になってゆくけど、大小便をもよおしたり、発汗作用が起こるなどの排泄機能について話そうね。

これに関しては、みんな恥ずかしがって、なかなか人に相談できない悩みを抱えていたりするけど、いろんな悩みがあるなかで、〇〇が疑問に思ってきたのは、【排泄 = 汚い】、だからこのような機能のある人間が神性の存在だ、ということがシックリこないということだね。

今までの話で大方の見当は付いたかも知れないけど、人間は肉体に乗り込んだ運転手で、肉体は運転手が離れてしまえば土に帰する柔らかい乗り物だっていう事実がわかれば少しはスッキリしない?

自動車で説明すると、今頃は燃料電池車なんていう水素を燃やして走る自動車が出回り始めたけど、今までの自動車は、ガソリンや軽油を燃やしてエンジンを回して駆動してたでしょ。

それで、燃焼に使った燃料のカスは、排気ガスとして空気中に排出されていたでしょ。

それと同じように今までの人間は、物質的な食物を元に肉体を維持して、不要な物質を各種の排泄機能をとおして、体の外に出してきた。

自動車が、燃料を燃やしてエンジンを回すことで動いているように、肉体は、体のなかに入れた食べ物や呼吸をとおして取り込んだ霊要素から必要な栄養素を摂取して、栄養素を摂取した残りのカスが排泄物となって、体外に放出されてきたんだ。

自動車の燃焼によるカスが、排気ガスとして放出されているようにね。

そのように排泄機能は、人間のいのちそのものがやってることじゃなくて、乗り物としての肉体に備わった機能だったのね。

人間の実態は、あくまでも意識であり心であって、それは《いのちの光》と直通する精神波動、光の律動なんだ。

対して肉体は、意識が抜け出せば干からびて、火葬場で燃やさなければ自然界に元素として帰ってゆく物質波動の乗り物だ。

だから排泄機能をうとましく思う必要なんてまったくなかったんだよ。

自分を肉体界で働かせてくれる大切な乗り物、それが肉体身だから、感謝こそすれ卑下する必要なんて全然ないんだ。

絶世の美男も美女も、排泄をしないで生きてる人なんて、誰一人としていないんだからね。

281011

⑧ 様々な欲について

次は性欲や食欲・金銭欲・権勢欲について、それらも必要なことなんだっていう訳について話そう。

もしも人から一切の欲がなくなったら、世の中がどうなるかを考えたことはあるかい?

性欲がなくなれば、好き好んで苦しい思いをしてまで、赤ちゃんを身籠もろうとする人はいなくなるだろうね。

食欲がなくなったら、霊要素だけでも人は生きてゆけるという信念の培われてない世界では、すべての人が数か月と持たずに餓死して死滅するでしょ。

価値をお金ではかってやり取りする貨幣経済社会のなかで稼ぐことを放棄したなら、家族を養ってゆけないし、独り身の人だって生きてゆけないね。

権勢欲や権力欲、出世欲のような思いがなくなったら、弱肉強食的な競争社会じゃない理想的な世の中になるんじゃないかなんて幻想を抱くかも知れないけど、地球人類が今のままの精神状態でそうなったなら、多くの人が仕事も適当に楽をして、遊んで暮らすことを選択するよ。

そうなったなら、世の中がどうなるかはわかるよね。

そういうふうに、現在までの人類の意識レベルにふさわしいあり方が、今までの欲のあり方だったんだ。

それは、今までの地球の波動圏が粗い響きの世界だったからで、これまでに見てきたものは、光が当たればできる物質の影みたいなもので、その影だけを見て、「これが人の実態だ」って決めつけてることは、とっても愚かでナンセンスなことだったんだよ。

でもこれからは違う。

霊的な次元の話で、肉体界の常識と一致しないから、あくまでも比喩的にとらえてもらいたいんだけど、これからの世界は、精神波動も物質波動も霊化した世界だから、光が当たっても影ができない世界になってくんだ。

実際には影はあるんだよ。

けれどもみんな精妙で透きとおっている。

これまでのように影を見て実態なんだって、誰もが思い違いしようのない世界になるんだよ。

⑨ 食欲の行方

それで付け加えていうと、食欲というものは、アセンションしたての世界では、ないこともないけど、かぎりなく薄くなるよ。

まず食べる目的が変わる。

人と人との交流を、スムーズにするためのツールが食事で、お腹が空いたから食べ物を欲するということがなくなってゆくんだ。

これから地球でも段階的に変わってゆくけど、まずは一日三食が二食に、二食が一食に、一日一食が数日で一食にというように、少しずつ少なくなってゆく。

そのうちに、浅ましい食欲というのは、皆無になってゆくんだよ。

⑩ 排泄の行方

排泄に関しては個人差があるけど、霊化が進めば進むほど量も少なくなって、やがてはなくなってゆく。

というか、必要性が薄れてくる。

体から出さなければならないような、精神波動や物質波動の毒素や不純物が、霊化すればするほどなくなってゆくからね。

そのように排泄も各種の欲もアセンションすればするほど影の側面がなくなってゆくから、「何ごとも案じるほどのことでもない」って結論だよ。

だから今は、すべてをよい悪いとジャッジしないで、あらゆる有様をありのままに受け入れて、感謝の光を当ててあげるだけでいい。

すべての存在の奥に働く《いのちの光》だけを見つめてね。