Voice of brothers 38 守護霊通信について

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★守護霊通信について

今日は最近きみが感じている、守護霊通信本に関する疑問について、回答する形で話をしようね。

「赤の他人の守護霊に取材をすることは可能か? 出来たとして、他者のプライバシーにかかわる内容を、本人の許可なく書籍にするのは大丈夫なのか?」ということだけど、これはもうね、普通一般的に、みんなが常識的に思っているとおりで間違いない。

★他人の守護霊への取材は可能か?

まず、「まったくの他人の守護霊に取材することができるのか」ってことだけど、これはね、そういう呼びかけに守護霊たちが反応することは絶対にないと断言するよ。

守護霊というのは、前に話したかも知れないけど、その本人専属の高級神霊で、魂の進化を陰から支えてるものすごい縁の下の力持ち的な存在で、守ってる被守護体の肉体人間にさえその名を明かすこともしないで、ただただ陰からきみたちを支えている存在なのだから、当人の魂の課題や現況、その者への想いについて、赤の他人にペラペラと打ち明けるようなことは絶対にしっこない。

★守護霊の立場について

守護霊という立場はそんなおしゃべりな、意識レベルの浅い霊人がなれるような軽い立場じゃあないんだよ。

そしてもっと大切な事実は、守護霊というのはその本人の魂の親であり、霊系統を根源へたどってゆけば、その本人の神性意識の一部でもあるということだよ。

また、神性意識であるということは、三界のカルマ想念波動に端を発する因縁因果の有様に、いちいち引っかかって関わることがない特性を持つ存在だってことでもある。

守護霊の仕事というのは、自分が護る被守護体の魂進化を司り善導することであって、一定段階の意識進化を果たした被守護体をもつ守護霊以外、ほとんどの守護霊がそのことで手一杯なんだ。

どうしてかっていうと、肉体人間というのは、守っても護ってもそむき、悪い未来の運命を夢に画き現し消し浄めて、修正しても修正しても修正しても修正しても、また元の木阿弥状態に戻ってしまって、運命の荒波のなかでみずから好んで溺れてる人が大半だからね。

★一部の守護霊が本業以外に関知すること

そんなだから、守護霊が護ってる肉体人間の守護の任以外に関知することがあるとすれば、意識進化が進んで地球全体の大調和を祈れる被守護体の守護霊だけが、救世の大神霊団にかけ持ちで所属することが許可されていて、護ってる肉体人間が人類全体の幸せを祈っている時間を利用して、守護霊はもっと大きな地球全体の進化を司る仕事に参加することができるという、特例があるくらいなものなんだよ。

その他のどんなことにも、守護霊がかかわることはないの。

そういう話を知れば、守護霊が本人の秘めた内情について、赤の他人に話すなんてことあり得ないっていうのは、普通に考えてもわかるでしょ。

★他者のプライバシーを侵害する行為について

それでもうひとつの質問の、他者のプライバシーにかかわる内容を、本人の許可なく書籍にするのがどうかなんてことは、これはもうね、元々デタラメなんだからきみたちの世界の常識に照らして考えてもらうだけでいい。

金儲けや性欲、自己顕示欲や権勢欲なんかのために、他人を利用する者、おとしめる者、翻弄ほんろうする者、もてあそび痛める者たちの末路ほど哀れなものはないんだよ。

だから、正義感に照らして憤る気持ちもわかるけれど、きみたちはそんな世界にあえて降りてまで、同じ蟻地獄で登っては落ちる繰り返しをする必要も、関知する理由もまったくもってない。

こういう話を聞いたうえで、それでも何か自分たちにやれることはないかって思うんだったら、当事者たちの天命が苦しみ少なく果たされて、意識進化の大道に乗ることを祈るだけでいい。

★原因結果の法則について

いつも言うことだけど、すべての現象にはそう現れる原因があって、現実界に展開するような運命に画き現れているんだよ。

だから、厳しい見方をすれば他人に悪くされるようなことがあるとするなら、その人は過去世のどこかで、他の誰かに悪くしていた報いを受けているだけだともいえるものなんだよ。

そして今から伝えることは、今日の話に関してもっとも重要な真理だから、よーく覚えておいてもらいたいんだけど、そのような他者に悪くされる運命が現れた(画き出された)瞬間に、その因縁は断ち切られてクリアになっている、すでになくなっているというのが、すべての運命の真実なんだ。

ただし、現れた現象に良し悪しのジャッジを下さなければ、だけれどね。

地球の表面を眺めていると、大概のひとは、消え去ろうとして現れた因縁をそのまま消さしめないで、またつかんで新たな悪因を造り出しては、潜在意識層に蓄えてしまってる。

それは本当のことを知らないで生きてるからしょうがないといえばしょうがないんだけど、ぼくたちからすると、そういう繰り返しをスクリーンにクローズアップして観るにつけ、もどかしくて歯がゆいような想いを抱くこともあるんだよ。

★運命の真実に気づく時旬に

地球の人たちはもうそろそろ、運命の真実について、気がついてもいい頃合いじゃないかな。

きみたちの世界には、“運命の荒波”って言葉があるけれど、それは生命の本質を忘れ果てた想いの習慣が造りだした幻想であり、幻覚だったんだよ。

それは例えて言えば、ホントは水の中で泳げるのに、「自分は泳げない」って思い込んで、足掻あがいて藻掻もがいてアップアップしてしまってるようなことなんだ。

そのような場合には、力を抜けば水に浮かぶことができるでしょ。

水に浮かぶことができれば、手足を動かして、泳ぐこともできるわけでしょ。

「泳げるわけがない」という、想いの重みを無意識に感知しているから足掻くのであって、想いの重みがなくなれば足掻く必要はないよね。

想いの重みという不必要な想いを手放すためには、やっぱりいつも話してるように、深い呼吸をいつもいつでもしているように、意識的に生きることがとっても大事なことなんだよ。

そしてもうひとつ、「世間で誰が何を言おうが何をしようが、そのことで自分の運命が左右されることはない!」という、生命光に根ざした大確信をいつも持続できるよう、いのちの花を大切に大切に育てあげて、みずからは常に神域の意識で過ごしつづけることができるように、意識の用い方を訓練して、神性の人でありつづけることだよ。

そうしてさえいれば、すべてのこの世的運命の流転は、因縁因果の波が現れては消えてゆこうとする瞬間の連続だという理が心の底から腑に落ちて、誰をも批判したり非難したり、いらぬ評価をしたりしなくなってくるんだよ。

そういう真人が、一人でも二人でも三人でも、きみたちの世界によみがえってくれば、地球の運命はそれだけで大きく前進して、宇宙時代の黄金文明を迎える日が早くなるんだよ。

このことを肝にすえて、誰をもジャッジしないで、ただただ輝ける未来を創造する意識の用い方を四六時中して生きてほしい。

すべての運命は、必ず大調和の大海原に抜け出して、よくなるしかないのだからね。