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Voice of brothers 434 自らと自ずからの統合(後編)

 前の同名記事

(前回の続き)

★自ずからを自らとして生きよう

そういう天のときが近づいてきた今になってもまだ、エゴのおもむくままに他を批判して自らをかばおうしたり、守ろうとしたり、他人を蹴落としてでも相対的にいい立場を占めようとしたりだなんて、あまりにもナンセンスだよね。

そんな自己中心的な想念言行はもう卒業しなくちゃいけない。

繰り返し言うけれど、きみたちは宇宙創造の叡智を、自らが今居る星に展開して、自ずからなる大宇宙の調和を創造する宇宙神霊なんだよ。

自分の幸せなんて、全体に奉仕して生きてるうちに自然しぜーんと叶うに決まってるでしょ。

「出来ない、無理だ、そんなの嘘に決まってる」っていう、自己限定の想念習慣に押し流されて、本当の真実を理性的に見抜くことが出来ないでいたから、出来なかっただけなんだよ。

でもこれからは違う。

きみたちは生命の真実に立脚してすべてを観ることになるからね。

その目に映るのは、みんなが神々として、光り輝いて生きているいのちの本質の姿だよ。

誰もが今この瞬間にも、本当は神性から発したいのちの光を生きてるんだよ。

どんな嫌な面を表面化して生きてる人にだって、神性は変わらずに煌めいてるんだ。

その真実を見抜くことだよ。

ということは、今後の自意識を、”自ら”として生きるんじゃなくって、”自ずから”として生きることをいうのね。

★自らと自ずからが統合すると生命の真実が開けて観えて来る

ホントにわかるまで何回でも言うけど、有りのままだけを見て、それを在るがままだと思い違えてはいけないよ。

有りのままってのは有限で、在るがままってのは無限なんだ。

その違いがわかるようになるためには、表面意識を神域に鎮魂して生きるのがいい。

その方法がいつもの呼吸をユーッタリと、ゆーっくりとさせて過ごすことだよ。

意識のあり方そのものを変えようとすると、そこには念力が発動するから後で必ず反動が起こるけど、呼吸をユッタリさせることで鎮魂した意識には、一切の反動がなく、善悪も好き嫌いもなく、すべてがあるべくしてある事実が正確に映って来るんだ。

それが自ずからある意識であり、神域にある神性の心なんだよ。

「自分が、自分で、自分を、自分の、自分に、自分も、自分は」って、自分、自分、自分、自分思ってるのは、ホントは心でも意識でもなくって、生命エネルギーを誤用して発した消え去るべき有限の思念なんだ。

それらを冷静に見つめて、「ああ、こうやって現れたということは、これで想いの癖がまた一つ消えたんだな」って認識すれば、ホントにそのカルマは消えるんだよ。

でもまたすぐに同じようなのが出てくるって?

うん、それはね、違うときにこしらえたカルマなんだよ。

さっき消えたカルマと今表れたカルマは、表面上は同じに見えるかも知れないけど、つくった時期が違うんだ。

人間というのは数ある輪廻転生のなかで、おんなじ過ちを何回も繰り返してきたから、それが連続した現れのようになってるだけなんだ。

だから、「消えてない」と思うのは間違いだというわけ。

意識進化というのは、今願ったからといってすぐに叶うもんではなく、地道な日々の取り組みの末に、いつの間にか着実に実現してゆくもんなんだよ。

その理を心に深く染み込ませて、自らと自ずからを統合するんだよ。

きみたちの意識は、一人の例外もなく、確かに深化しているし、神化してもいるし、進化の道を確かに進んでもいる。

暗いトンネルのなかで歩いていると自分がどんだけ進んだのかわかんないのと同じように、意識進化の実感がなかなか湧かない人もいるかも知れないけれど、確かなる事実としてきみたちは意識進化の大道を進んでいるんだから、もっと自分を信じて、大らかに過ごしてごらん。

ある日ある時、忽然と意識の視界が開けて、すべての点と点、点と線、線と線が結ばさって、生命の全貌を思い出す時が来るからね。

それはいつとは断言できないけど、近い将来であることは間違いない。

だから自分を信じて歩むんだよ。

その先にこそ、輝けるみんなの未来が展開してゆくのだからね。