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(前回の続き)
★両の手を使う意義
前にも話したことがあるかも知れないけれど、人は生まれて数年の間は何かをするときに、無意識に両手を使ってしていることを成長のプロセスのなかで忘れてしまい、いつの間にか、なんでもかんでも出来ることなら片手を使って行うようになるでしょ。
そういう何気ない変化のなかに見て取れることは、意識の軸足が生命の神聖から肉体個我に移行して、両手を使った創造活動を忘れていることなんだよ。
普通みんなはそんなこと考えないかも知れないけれど、例えば物をいただくときに片手でサッと無造作に受け取ることなんかは、押しいただくという謙虚さを忘れた横柄さの表れなんだ。
何ごとも両手を有効に使って行うということは、その行為の根底に、生命への感謝が表れていて、意識が調和した波動圏にあることを示している。
やがて地球界にも、神霊化した星々で使われている精妙な波動測定装置が普及して、誰でも物や精神の波動を正確に把握できるときが来るんだけど、そうなる前にだって、この原理をわかって生きていれば、陰陽が統合した生命光そのものの意識で生きられるようになるんだよ。
だからといって、なんでもかんでも両手を使わなければいけないってことじゃあなくって、時と場合によっては、右手と左手で別々な作業を行うことで、生命に内在する無限の創造性を引き出すことになる場面もある。
どういうときにどうすればよいかというのは、これはもう、いのちの光から発する無限なる叡智に任せるのが一番だから、肉体個我を極力薄めて、いのちそのものの神聖なる意識で日々時々を生きるように心掛けるのがいいね。
★印について
ぼくたちは時々、話のなかで印という言葉を使っているけれど、簡単に言えばそれは、仏像なんかが指で輪をつくったポーズをしているあれだよ。
仏像は静止しているから、印ってのは動きのないものだと思うかも知れないけど、実際の印には動きがあって、それぞれの手の動きに、物心に働きかける大調和のエネルギーが生じているんだよ。
これについての詳細は今のところ、ぼくらが教え伝えることにはなっていないから、自分の心のアンテナを張り巡らせて、正しい情報を見つけてほしい。
誰にでも組めて、人類の神性を甦らせる印はすでに世に出ていて、志のある人なら誰でも組めることになっている。
本当は、霊性の高い日本人たちが率先して組んでもらいたいのが正直なとこだけど、日本人には、アメリカ主導の現代教育で、宗教的なことに対するアレルギー反応のある人が多いから、最終的には海外での広がりを受けて、逆輸入される形で国内に広がることになるだろうね。
いつか天の神々から、ぼくたちの口を通して、その詳細を話してもよいという許可が下りたときには、人類の神性を根本から甦らせる印についての話をしたいと思うけど、そのときが来るまでは、アセンションや意識進化を志向する初心者向けの話に特化して、呼吸を通した神性開発の方法について話してゆくから、きみたちには、生きることの基本である呼吸の扱い方をシッカリ吸収してもらって、呼吸のマスターになってほしい。
正しい呼吸のうえに行われる印のすごさについて、やがてきみたちも体感することになるだろう。
その日が近いことだけは、ハッキリとここに約束しておくからね。(終わり)