Voice of brothers 58 心が主で体が従であることについて

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★肉体に起こる変化はアセンションの主幹ではない

アセンションしたいとか、アセンションしたということを、体に起こる変化を主にして考える人がいるみたいだけれど、真実のアセンションとは、肉体上の変化をもってそうなるわけではないんだよ。

それらのことは枝葉のことで、幹にあたる本筋のアセンションとは、意識の霊化、意識進化のことをいうんだ。

つまり、アセンションとは、純粋に心・精神の問題であって、その奥にある霊性・神性の開発へとつながってゆくものなのね。

なんで肉体人間がアセンションについて想うときに、ともすると肉体を主に捉えてしまいがちになってしまうのかというとね、それは、肉体の殻に閉じこもった人間観、「人間とはこの身、この体である」っていう固定観念の檻の中で物事を考えるクセがついてしまってるからなんだよ。

アセンションによるみずからの変化を、肉体上に表れる感覚的変化・症状的変化を主にして観てしまうことは、その人たちの立場に立ってみれば当然のことなんだけど、真実は、精神細胞の入れ替わり、言い換えれば意識進化が先にあって、肉体細胞の入れ替わりが後から起こって、霊化した精妙な波動の肉体細胞に生まれ変わることになってるんだよ。

だから、あんまり肉体上の変化にとらわれないで、悠々とした大らかな気持ちで、愛と真の言動行為を淡々と行って生きることがいいんだよっていう、当たり前の話に落ち着くんだね。

★改めて伝えるアセンションとは

こういう話は、奇蹟とか特別な体験なんかを所望しょもうする人たちにとっては、まったくもって、おもしろくもなんともない退屈な話かも知れないけど、そもそもアセンションとは、動物たちと大差のない自己保存想念のまゆに覆われた地球人類の人格が、宇宙に通用する真っ当な神格に昇格することによって、自然界や生きとし生けるもののあり方が根底からよみがえって、いのちの光がそのまま現れた世界へ昇華するってことだから、人間が人間たる所以ゆえんを思い出して、万物の霊長らしく、すべての調和を旨とした想念を発し、真理にかなった言葉を語り、行動をするという、至極普通の話になるんだね。

また、それができてこそ、すべての人類が生まれてきた意義が果たされるというもんなんだよ。

逆に言えば、それができなければ、生きてることが命の無駄づかいになってしまって、なんのために生まれてきたのかって話になるのだから、人間は本来誰でもが、自分の人生をどのように生きるべきか、そもそも自分だと思っているこのお方は一体どなたなのかってことを、命をかけて探求するべきだし、たとえ答えがなかなか見つからなくて、そのことに一生を費やしたとしても、けっして惜しくはないんだよ。

そのような人は、肉体界での努力や苦労が、死後の世界で花開いて、アリとキリギリスの話じゃないけど、とても素晴らしい天地に移行できて、より大きな宇宙の運行のために、いのちを捧げて働くことができるのだから、近視眼的にこの世だけの即物的成果を追いまわす必要なんかまったくないんだ。

いのちは永遠につづくものだからね。

★人類の意識覚醒を促す宇宙事業に参画しよう

けれども、それくらいの覚悟をもって生きている地球の人は、ぼくたちの眼から観れば、現代では極めて短期間に意識進化を果たして、人として生まれてきた意義を果たして、その他の人類の意識覚醒を促す宇宙事業に参画しているんだよ。

だからきみたちは、なんの悲壮感も持たないで、明るく朗らかな心で、当たり前の日常生活を送りながら、真善美の想念言行を表し生きているだけでいいんだよ。

いつも言うけれど、人間とは、自分一人だけで生きているものではないんだからね。

きみたちの生命構造の一部としてのハイアーセルフもいるし、人類救済の地球にまつわる神々が結集した光の神霊団も見守っているし、きみたちと昔同じ星で働いていたぼくたち宇宙人類も影のサポート役として、地球の神々と協働して、きみたちの意識進化が滞りなく遂行されるように、とても大きな力を結集して、地球界全体の進化を導いているんだよ。

だから、みんなでともに働いて、地球を宇宙の仲間入りした一人前の星に仕立て上げられるよう、協力してゆこうね。