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Voice of brothers 127 生命観という土台の確立を

★生命観とは

生命観という言葉を知っているかい?

いのちというものはいったいなんなのか?

いのちは何処から産まれ来て、何処へ帰って行くのか?

いのちあるものとしての人は、なんのために産まれてきて、何をなすべきなのか?

生命観とは、そうした事々を突きつめ究めて、その答えをみずからの内奥に見出すことをいうんだよ。

生命観も持たずに生きている人は、目的地のない旅をしてるようなもので、行き当たりばったりの人生になりがちでしょ。

そのような人は、感情想念に流されて、絶えず外的要因に左右され、不安恐怖が消え去ることがない。

言葉を変えれば、真理に則った確固たる生命観のない人生は、基礎工事のしっかり行われていない家に住んでいるようなもので、その人の人生は、何か事が起こればすぐにぐらついて安定を失うような、もろはかない人生だといえるね。

だからその逆に、意識進化した人生というのは、真理に則った確固たる生命観という、基盤のうえに築きあげられるもので、そのような人は、自己の身や世界に何が起ろうとも、不安の波に流されずに、不動心で生きることが出来る人だといえるんだ。

★生命観=神観

この生命観というのは、神観という言葉に置き換えて観ることも出来るね。

なぜなら、いのちというのは、生命根源の光エネルギー、創造のパワーであり、その在処ありかというのは、神域の波動圏にある神性エネルギーだともいえるからだよ。

ぼくたちがよくいう神性意識というのは、宇宙の森羅万象を創造し司る、人類生命の根源意識のことで、カルマ波動の元である感情想念の奥処に、太初はじめから在る大元の意識のことをいうんだ。

だから、生命観と神観はイコールであり、感情想念を乗り超えて神性意識を生きている人たちは、確かな生命観を今ここに持って生きているといえるのね。

★認識が世界を創るという真理

そのような意識に心が在る人は、みずからの置かれた世界の様相がどのようなものであっても、けっしてそれらの波に巻き込まれずに、みずからの確固たる生命観を見失うことなく、いかんなくいのちの光を発揮して生きている。

だから正しい生命観を思い出し、当然認識にして生きている人が地獄の世界へ行けば、そこを天国に変えて生きることが出来るんだよ。

認識が世界を創るという真理を忘れてはいけないよ。

このような話を意識進化してない人が聞けば、間違えて念力を発動して、二元対立の荒波を激しくしかねないから、このような本当の真理を伝えるのは要注意なんだけど、きみたちはもうすでにある程度の意識進化を果たした意識レベルにあるから伝えるけど、きみたちが大丈夫だと思えば、たとえどんな現実のなかにあっても大丈夫になる。

真理というのは、感情想念に固着した意識レベルにある人からしてみたら、身も蓋もない話で、出来ると思えば出来るし、出来ないと思えば出来ない。

無理だと思えば必ず無理だし、やり遂げると決めれば絶対にやり遂げることが出来る。

その意識エネルギーが創造して動かす範囲が、個人的なことであれば、その人の意識運用次第で如何ようにもなるし、その範囲が人類全体に影響を及ぼすようなことであれば、人類全体の集合意識の運用次第でどのようにも現実は変化する。

だから、意識の用い方、想念エネルギーの使い方が大切なんだよって、口を酸っぱくして伝えているんだよ。

 

今日の話を本当に理解すれば、人生の基礎工事に該当する土台を確かなものに創り変えることが出来る。

きみたちには、他人や他国が何を想い、どのような動きをしていようとも、けっしてぶれることのない真理に則った確固たる生命観を忘れずにいてもらいたい。

そのような人が一人でも二人でも増えれば、外的要因に左右されてカルマを増産する人が少なくなって、地球の未来の光明化する日が、一日も早く来ることになるのだからねえ。