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Voice of brothers 183 言霊に観る言葉の真義と真理に基づいた意識の活用(前編)

★言霊に観る言葉の真義

前にも話したと思うけど、闇と病みは同源同義語だよ。

その同じ源というのは、いのちの本質である神性を忘れた様々な想念のことで、一般的な言葉ではそれを【カルマ】とか【業】と呼んでいるね。

そのカルマ想念波動が繰り返し発念された結果として、みんなが「これが自分なんだ」って認めてしまってる想いの波のことを、【肉体性の想念習慣】というんだ。

そして、「それこそが人間の意識進化を阻害している最大の要因であり、神性を覆い隠している闇であり、ホントの自分を忘れた結果として現れているやまい、すなわち病みの状態でもある」というんだよ。

闇といい、病みというも、神性や光が【無い】状態、Nothingな状態のことをいうでしょ。

その状態のことを【悩み】というんだよ。

わかるかな?

神性が無いから病んでいる、いのちの光が無いから闇に包まれてしまっている状態、それを【なやみ悩み】というんだよ。

悩みというのはそのように、神性やいのちの光が見失われて、無い状態のところに生じる【闇(病み)】の状態であって、それは【苦悩】とも表現されるね。

それで面白いのは、苦悩の【く】の字というのは、流れが詰まって停まってしまった状態、よどんでしまった状態のことだから、苦悩というのは、いのちの光が無いため(よどんでしまったため)に、生命の神聖が闇(病み)で詰まってしまった状態、真っ暗闇の意識状態、「もうにっちもさっちもいかない」って思い込んでしまってる状態のことをいうんだよ。

物事・事柄の本質というのは、そのように、言葉の本義を観てゆくことでひもけるものなんだ。

それは、肉体に固着した生命観でいるかぎりは、どんなに頑張ってわかろうとしても、わかるものではないんだよ。

そういうふうに、言葉の本義を観てゆくということは、意識の軸を神域に置いて、言葉の真義である言霊を観てゆくことで理解出来るんだよ。(次回に続く)