Voice of brothers 20 心の水分とアセンション

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★感謝は光・いのち・潤い(水分)

感謝は光の波動だよ。

そしてそれは、それぞれの天地を構成する自然界・各種生命体に含まれる水分でもあり、人心を潤す精神的な水分でもあるということなんだ。

今日の話のポイントは、物質も精神も水分が重要な役割を果たしていて、含まれる水分が多ければ多いほどいのち豊かで、少なければ生命要素が少ないということで、それを踏まえてどう生きるかという話だよ。

生命と水が密接に結びついていることは、詳しい理屈がわからなくても、直観的には認識できるよね。

人体の多くが水分でできていて、その水分が完全に抜け出た肉体は、魂がそこに入ってない死体・屍というでしょ。

死とまで行かなくても、心の水分が失われた程度に応じて、精神は渇き、その波動が肉体に転写されて、身体は新陳代謝力を失い劣化してゆく。

植物も乾燥した砂漠地帯には少なくて、肥沃な土地には豊かに生い茂ってるしね。

それらの事実を踏まえて、改めて人の心を客観的に観た場合には、感謝の心が現段階で薄い人や、自他をあざむくような表面的感謝でよしとする境地にとどまっているような人に共通してるのは、心が殺伐として干からびてしまってるとこなんだ。

だから今、感謝の想いが薄い心の大地の持ち主は、想念習慣を意識的に入れ替える努力をよっぽど真剣にやり始めないと、やがて脳裏をよぎる想念がカラッカラに枯れ果てた不毛の砂漠地帯になってしまいかねないんだ。

なぜならこれからの地球世界は、どんなに霊感のないような人でも、世界の波動や雰囲気・状況に対して、「何かが今までと違う」と思ってしまうほど、誰の意識にもハッキリと世界の変化を自覚する世の中になるからだよ。

そうなった後に心の大地をオアシス化しようとするのは、大変に困難な道のりになってしまうんだ。

それは、今までなら死んだ後に幽界で体験してたような想いが即現実化する世界を、肉体界で経験するようなことだからね。

なぜ心の潤いが失われるか

肉体に産まれて間もない頃には、誰もがみずみずしい潤いに充ち満ちた心を、先天的かつ平等にもっていたのに、なんで生きてゆくうちに、心から精神的な水分が失われてゆく人と、潤いを保ちつづける人に分かれてくのかを考察してみよう。

前もって言っておくと、これは心の話だから、経済的なゆとりのあるなしは関係ないよ。

お金がなくても心の豊かな人はいるし、逆にあっても心の貧しい人はいる。

それを踏まえたうえで、次の質問に対する回答を考えてみてね。

産まれたばかりのみずみずしい無邪気な心が歪むことなくまっすぐに、そのまんま成長して育った場合、その子はどんな大人になると思う?

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周囲にそういう人がいる人はわかると思うけど、それは自分を生かしてくれるすべての存在に対して、「有り難いなあ」という感謝の想いが標準装備として、自然に備わった人だよ。

そのような人は一概に品があって、心に余裕のある人だといえる。

逆にそんな大人に育たなかったケースでは、生活環境や社会状況、親兄弟や友人・教師などの影響による後天的な心の歪みが観られるね。

真実のことをいえば、そうした体験をもった人がすでに成人している場合には、過去がどんな環境だったとしても、本人が自分の感謝薄き性質を他人のせいにするのは明らかな責任転嫁というものなんだけど、「何々のせいで自分は……」って、自分を変えることのできない弱さをいつまでも何かのせいにして、心の一部で悶々と怨恨の炎を燃やしながら悶え生きてる人は、アセンションを志向してる人のなかにも案外と多くいるんだよ。

そしてそうした表面的な原因とは別に、肉体未生以前からもって生まれた性質、思考パターン、想念習慣というのがあってね、その記録はDNAに刻まれた状態でもって生まれ、縁と時と場を得て現れては消えてゆこうとする性質の想念行為なんだ。

例えば、満足な挨拶もできない無口な子どもがいるとするね。

そうした場合には、その親も夫婦のどちらかが同じ性質をもっていて、その親の親である祖父か祖母も同じ性質をもっていたりすることがあるね。

そんな人を見て、「血は争えない」とか「子をみれば親がわかる」というようなことがあるでしょ。

地球人はそれを遺伝と呼んでいるけれど、そもそも遺伝ってなんなんだって突き詰めてゆけば、先祖代々受け継いできた想念の性質というか思考パターン、想念習慣がその元になってできてるものなんだ。

同系統の病気の遺伝なんかも、そういう想念波動の遺伝的継承がそもそもの原因だしね。

じゃあ、なんでそんな想念波動の継承、遺伝が行われてるんだって観てゆくと、霊光の系統、血筋より奥の霊筋というのがあってね、それが肉体細胞のDNAに転写されて、そのDNAをもつ人の今生の意識によみがえって、先祖代々から子々孫々まで、遠い昔から今日に至るまで、繰り返し現れては消えてゆこうとしていたんだよ。

だけど肉体に入った多くの人間は、その過てる想念習慣を自分の代で断ち切ることがなかなかできなかった。

それで制御できずに現れる想念行為が、様々な運命上の不調和の原因になって、自分の子や孫などの子孫に受け継がれて、今日まで来てしまっていたんだ。

いのちは水分として現れている

ここで話を冒頭に戻すと、心に潤いがあるということは、精神波動の水分が心中に存分にあるということでしょ。

その状態を裏側から観ると、生かされていることへの感謝の心が、意識するしないにかかわらず、そこに確かにあるということだよ。

感謝の心は精神の潤い(水分)なんだ。

そしてその潤いは、生命の物質界への現れでもある。

視野を拡大してその潤いの様相を観れば、地上のあらゆる自然や生物のなかにあって、すべてを存在せしめている。

水の豊かな心にあっては、いのちが生き生きと生きていて、肥沃な大地や清浄な水中、適度に湿度のある大気中にあっては、物質的現れの植物が生い茂って、空気の新陳代謝が豊かに行われて、生態系の維持にも一役買っている。

ここまで話したなら、ぼくたちの言わんとしていることが観えてきたでしょ。

そうだよ。

いのちは水分として現れてるんだ。

だから、万物の霊長である人類は、水を大切にして、清浄に保ち、潤いを切らさないように心がけて生きることが、とても重要な行為になってくるんだ。

それは、すべての生物や自然が、いのち生き生きと生きつづけてゆくための、基本的心構えでもあるね。

いのちがその天地に豊かに展開しているかどうかは、ひとえにその次元の天地における水分が、新陳代謝の原理によって持続的に新鮮に保たれているかどうかが、大切なポイントになってるんだ。

宇宙より前にあった人心のルーツを思い出そう

人の心身内部は、大宇宙が凝縮された小宇宙だよ。

現れの宇宙は、その集合平均の転写された結果としてそこに現れ、「世界が今ここにある」と人心に認識されている。

いいかい?

大事なとこだからよく聞いて。

宇宙が先にあって、そこに後から人類が存在しているんじゃなくて、人類意識の元である生命意識が先にあって、人体やその他の自然や生命体が形成された宇宙は後から現れたものなんだ。

ということは、人類の意識がなければ宇宙は存在しないということだよ。

その根本を自覚できなかったからこそ、人類は不平不満を垂れ流し、現れの天地に不調和波動を巻き散らかして、悠々として豊かな大自然を人為的に破壊して、そのあげく異常気象や大地震を発生させて、さらにみずからの首を締めてきたんだ。

「宇宙が先にできて、自分たちがそこに後から住んでいる」と思っていたからこそ、天変地異を必要以上に恐れてしまうんだよ。

天変地異は、その星に住む人類の発してきた想念が引き起こした人災だよ。

そのことを謙虚に自覚していないからこそ、人間同士が仲良くすることも、動物たちと共存共栄することもできないでいたんだ。

そのことについても、伝えたいことはたくさんあるけど、その話はまたいつかということで、今日の話をまとめると、人心は、すべてを存在させる《いのちの光》として生きていること、肉体としては、あらゆる自然や生命体によって生かされていること、その二つの事実を知って、すべてに感謝して愛の心で生きることが、他の何事にもまして大切なことなんだって話だね。

そんな大きな話じゃなくて、自分たちの健康や若さを維持することだけを考えても、心と体を正しくアセンションさせるためにも、心身細胞の新陳代謝を活性化する感謝の心は、必要かくべからざる重要な意識なのだからね。